産業技術大学院大学の福田哲夫さんの研究室にて。
鈴木 福田さんが、プロダクトデザインで心がけていることは何ですか?
福田 文化人類学的考察でいう"快適性"ですね。それは使う土地の環境によっても変化します。マテリアルの質感にしても、現地の人が感じる快適の度合いにしてもさまざま。例えば日本では日本人の黒い瞳にあった明るい照明がよかったり、高温多湿な気候に合うテクスチャーであったり。革の椅子が日本で売れないのも、日本の環境では快適性が損なわれるからだと言われています。ケータイも同様で、形状や材質の持つ質感が、(ケータイという)機能のなかでどれくらいのプライオリティを持つのか、そこまで考慮することも重要だと思います。
鈴木 確かにテクスチャーや形状は、グローバル展開での難しさもありますが、単にユニークな面を押し出すのではなく、快適性の違いを踏まえた上での判断が必要だと思います。そこは常に試行錯誤の繰り返しです。ソニー・エリクソンは、「クリエイティブ・プロダクト」というプロダクトとカラー&マテリアルが同じ組織で括られており、両者のデザイナーが一緒に議論できる場があります。常に"手に心地いい端末づくり"を常に目指しています。
反畑 プロダクトとカラー&マテリアル両面をグローバルチームとして議論する中で"時代性"も重要であることがわかってきました。かつて意識されることがなかった"エコ"が、今や誰もが当たり前として取り入れているように、世の中の変化で、デザインやテクスチャーの捉え方も変わってきます。そうした傾向も踏まえ、今回はどのような優先順位で、どこにチューニングすれば次の世代に残せる快適性を生むのか、その判断とプロセスを考えることも今は非常に重要性を帯びてきていると感じています。
福田 人間は多様ですから、そのチューニングをありがたがる人もいれば、そうではない人もいます。誰もが良いと感じる最大公約数的な快適性の一歩先を見据えた、「1mm薄い厚い」を超えた魅力がそこになければ、使い続けてもらえない。それを実現できるのはデザイナーという職能だけだと思います。
デザインは基本的に、「こんなのあったらいいな」という仮説提案から入っていきます。それを基準に既存の技術や材料を使ってアプローチしていくと、20世紀のものづくりの中心だった問題解決型とは違う答えが出るわけですね。それこそがリンゴの皮一枚のうま味成分であり、プロダクトの差異化や固有の魅力につながっていく。一つのプロジェクトを進めていくなかでも、最終的にエッジを効かせた調整をできるのがデザイナーの特権。だからこそ、私はこれからは単に商業ベースで「儲かる、儲からない」の観点ではなく、デザイナーがきちんと正面を向いて、いいものづくりに取り組むべきだと思います。
Xperia arcとN700系の模型。
反畑 新幹線N700系のデザインのなかでカーブはどのように活かされていますか。
福田 テーブルは四角いですよね。それは四角い部屋に在るからなんです。では、なぜ部屋は四角いのかというと、作りやすいからなんです。でも、人間のどこに四角い部分があるかというと、ないんですよね。人間は丸い。すべて有機的なオーガニックな線でできている。であるならば、人間にとって気持ちいい形状というのはカーブだと思うんです。
また、有機的なカーブにはさまざまな効果があると考えています。例えば、新幹線N700系では狭い車内を広く見せるための工夫として、カーブをふんだんに採り入れ、影が作りだす仮想線まで計算して快適な広さの感覚を演出しました。心理的に狭い空間をいくらかでも広く見せたいときに、実はこういうカーブをあちこちに使っているんです。安く仕上げようとするならば、平面の壁にすればいいのだけれど、心理的な効果も含めてデザインだと思います。だから、コストを調整するのもデザイナーの仕事だし、そこはプレゼンテーションのなかできちんと説明していかなければならない。
福田さんが即興で描いたN700系車内のスケッチ。
鈴木 確かに、ケータイでは、この薄さでできるのになぜデザイン的に膨らませるのかと指摘されることがあります(笑)。
反畑 販売する現場では数字で競った方が説明しやすいですよね。けれども、それって触ってみたら実は1mm厚い方が快適だったりするわけです。商品力という視点ではデザイナー以外のメンバーも求めることは互いに同じなのですが、こういった数字に関する部分は、現場で争うことが多いのは実状です。
福田 20世紀のものづくりは効率優先でしたが、このようにデザイナーは昔から少し違う視点で考えていたと思います。実はそこが大事で、モノというのは決して突然変異では生まれません。カタチにはそれぞれの時代背景と、それにともなう都度の要求のなかで徐々に進化します。さきほどもありましたが、今は環境重視の時代です。これも突然世の中が受け入れたのではなく、何年もの積み重ねがあって今に至っています。私も長く環境への配慮を唱えてきた一人ですが、最初の頃は誰も聞く耳を持ちませんでした。でも、今ではゴミの分別も大抵の人は理解できますし、分別し易いデザインが求められています。人の心が変わるまでには、ある程度の時間がかかりますが、水面下では確実に次に向かって動いているわけですね。
「人間にとって気持ちいい形状というのはカーブだと思うんです」
(福田さん)。
福田 ケータイというと、机の上に立つほど大きな端末の時代から始まり、これまでさまざまな改良が成されるなかで、小さくなったかと思えば大きくなったり、その変化にも面白さを感じています。「これが一番」というものを生みだしても、必ず、「こういうのもあっていいのでは」となるのが人の心理ですから、デザインが変化していくのも当然ですね。使われていくなかで自分好みにカスタマイズされていくような、"育っていくもの・成長するもの"であってほしいと思っています。Xperiaもそういった進化をしているのでしょう。
反畑 初代のXperiaは白と黒の二色だったんですが、本当にピュアな白と、すべての色を掛け合わせた黒という二つの色でメッセージを発しました。今回のXperia arcは、前の世代からデザインのランデージを踏襲しており、その掛け合わせにおいてもエモーショナルな部分をより表現することに取り組んでいます。背面に色のグラデーションを施して曲面に視覚的な動きを加えていたり。
鈴木 表現としては、「Human Curvature※1」と「Precision by Tension※2」がキーワードになっています。ソニー・エリクソンの2010年、2011年のすべてのプロダクトはこのキーワードから発想され変化したものです。また、成長するモノという話だと、日々使うなかで、ふとした瞬間に新しい評価が生まれていきます。作り手である私たちも、いつもの持ち方はこうだけど、写真を誰かに見せたりする時はこう持つよねと、自分なりの作法を評価軸にした気づきにより、新しいデザインを発想し、作り手側も成長していく。そうした積み重ねも、一つの端末を数年間快適に使いつづけてもらうことのできるデザインにつながっていくと捉えています。
福田 そういったアイデアから生まれたプロダクトが世の中を変えるし、プロダククトが世の中を生む。それを創り出すデザイナーにはやはり夢がなければいけないと思います。しかし、自分だけの夢ではなく、皆が楽しくなる夢にならなければ世の中は動かない。それはちょっとした違いだと思います。モノのカタチには全て意味があり、カーブ一つとっても、それは単なる装飾ではなく重要な機能として採り入れられています。すっと一本線が入ると品良く輝きます。そういうことまで計算していくと、さらにエモーショナルな組み合わせが可能になり、単なる平面では作れない魅力が生まれます。これからもお二人の活躍でエモーショナルなケータイのカタチが生み出されることを期待しています。
※1 人間的な曲線(Human Curvature)
※2 緊張感による精密さ(Precision by Tension)