それは私のことである。
「ぬいぐるみは?」「いらない‥」「ケーキは?」「いらない」
それが大人になって変わるかと思いきや、これといって欲しいものがない。あのレコードが欲しくて仕方なかったとか、あの服が、とか、そういう熱狂とは無縁で生きてきた。会社員だった頃は、なんとか自分の存在意義みたいなものが欲しくて仕事を頑張った。だからあの頃の自分といえば、欲しいものは存在意義だったのかもしれない。もしかしたら小さい頃からそうだったのかもしれない。教科書で読んだ、谷川俊太郎さんの、かなしみという詩。そこに書いてあったとき衝撃を受けた。<あの青い空の波の音が聞こえるあたりに何かとんでもないおとし物を僕はしてきてしまったらしい。透明な過去の駅で遺失物係の前に立ったら僕は余計に悲しくなってしまった>とあった。どうして私のことが分かるんだろうと思ったのを覚えている。何かとんでもないおとし物。その喪失感、と、同時に持ってしまった所在の無さ。どうして生きているんだろう。何のために。何か確からしいものを自分は、どこかにおとしてきてしまったのではないか。だから常になんとなくどうしようもない哀しみを常に帯びていた。
どうしようもない、理由の無い哀しみ。これが私の継続した気分なのである。とはいえ、日々、嬉しいことや幸せなことがある。人は私のことを楽しい人、愉快な人だと思っている。そのように振る舞うことを習慣にしているところがある。ただ、要するにピエロなのである。笑っているようで俯くと泣き顔になる、そんな道化。生きるコント、というエッセイを、週刊文春で連載していた。本にもなった。今サンデー毎日で、「なんとか生きてますッ」という連載をしている。どちらも、生きる、ということがテーマ。生きていること自体がコントであり、なんとか生きていると、日々、面白いことが転がっている、という内容なのだ。哀しいことも時が経てば、面白いことになる。人生ってそんなもん。喜劇は悲劇で、悲劇は喜劇。
そんな私に最近、うっすらと欲しいものが出来た。それは帰って来る家についているであろう窓の灯りなのだ。待っている人がいる、ということ。夜道を歩いて家に戻るときにふとそう思って、愕然とした。そしてしみじみと、私もそういうことを認められる年になったんだなぁと思った。がむしゃらにやっていたときは自分と向き合う時間もなかった。今、仕事のペースを落とし、自分の生活も大切にしている。生活の中に、クリエイションがあると思うようになったからだ。クリエイティブの段階が変わってきた。がむしゃらな時期も必要。立ち止まる時も必要。
立ち止まったとき、私は夜道に光る、あたたかい誰かの家の、家族の、窓の灯りを見上げたのだった。どんな人たちが住んでいるのだろう。どんな会話をテーブルを囲んでしているのだろう。何を食べているのだろう。あるいは、食事を用意して、誰か大切な人を待っているところだろうか。もしくはソファーで、思い思いにそれぞれ本を読んでいるのかもしれない。
欲しいものも、憧れも無かった子供は、38年経って、窓の灯りが欲しくなって、静かな期待と夢を膨らませそれを見上げていた。
作家/脚本家/映画監督/演出家/CMディレクター/CMプランナー
1975年大阪生まれ。
主な著書に、『生きるコント』『生きるコント2』(文春文庫)、『思いを伝えるということ』(文藝春秋)、絵本『グミとさちこさん』(講談社)。
また、2007年よりテレビドラマの脚本、演出も手がけている。「木下部長とボク」「the波乗りレストラン」「三毛猫ホームズの推理」(脚本のみ)「サラリーマンNEO」(脚本参加)。
2012年より来場者が参加する体験型個展を数々発表。「思いを伝えるということ」展(渋谷PARCO MUSEUM)、2013年秋、東京スカイツリー、池袋サンシャインシティーにてプラネタリウムの演出も行う。
ーーしあわせな未来への予感。
平凡な日々がいちばん、尊い。
近くにある素晴らしいこと。
失って初めて気づくもの。
今夜もきっと窓の灯りがともりあなたの心に灯りがともる。
待つ人がいるひとは、それを大事にするべきだし、
待つ人がいないひとは、部屋に灯りをともし自分の心に灯りをともし
誰かをのんきに、楽しく待てばいいんだと思います。
忘れた頃にやってくる予感。
お恥ずかしいのですが、お酒ですね!