Vol.04 夜の散歩の温かみ

白岩 玄

一人暮らしで犬を飼っているので、一日に二度ほど散歩に行く。コースはだいたい決まっていて、住宅街を十五分ほど進んだあと、近所の川沿いの道を歩く。住宅街には比較的新しい一軒家や古い家、川沿いにはマンションや団地が建ち並んでいる。夜の散歩に行くときは、当然ながらそれらの窓にぽつぽつと灯りが点いている。

いろんな家があって、いろんな窓の灯りがある。毎日通る道だから特に熱心に見ているわけではないけれど、ふとしたときに視線をとどめてしまうものもある。子どもがジェルジェム(シールみたいなやつだ)を貼って楽しく飾り立てた窓や、みんなで集まってご飯でも食べているのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる窓、大きなマンションの壁一面に並ぶ、モザイク画のような統一性のない灯り(蛍光灯、白熱灯、カーテンの色、真っ暗な部屋)。もちろん窓の灯り以外も目にとまる。月や星が出ているときは、ぼんやりそれらを見上げるし、途中、橋を渡るのだけど、川の水面に映っている、整然と並ぶ団地の外灯はいつもきれいだ。

でも温かみという点では、やはり窓の灯りだろう。何よりそこには、人がいるというほんのりとした温度がある。そして歩いているときはあまり気にしていないけど、実はそういう温かみに癒されていると思うことがある。

家で仕事をしているので、一日のうちのほとんどはひとりぼっちだ。買い物に出たりすれば人には会うが、自分以外の人間を誰も見ないまま一日を終えることも少なくない。まぁ基本的に一人でいるのが苦ではないタイプではあるのだけれど、それでもずっと一人でいると、やんわりと人恋しくなることはある。

そんなときに犬の散歩で外に出ると、ずいぶん気持ちが軽くなる。しかも朝よりも夜の方が断然リラックスできるのだ。人に会うかどうかで言えば、朝の方が会うというのに、朝の散歩は正直あまり癒されない。何より眠いし、歩いていると喋りながら広がって歩く小学生の群れに出くわしたりして、めんどくせぇなと思ったりする。

その点、夜は違うのだ。歩いている人が少なくて、その分、建物に灯りが点いている。たぶん僕は、それくらいの距離感の方が好きなのだろう。窓に灯りが点いていて、そこに人がいることを無意識に感じられる程度の距離感。がっつり人と会って絡むのは億劫でも、窓の灯りに対しては、すごく好意的になれる自分がいる。

だからもし自分の住んでいるところが、道にまばらに立っている外灯の灯りしかなくて、月と星はきれいでも、人の気配がなかったらどうなるだろう?そういう道を散歩するのは(たまには良くても)、毎日だとちょっと寂しくなる気がする。

そう考えると、窓の灯りというのは、なかなかすごいものなのだ。ただ点いているだけで「誰かがそこにいる」と感じて、無意識に安心感を得ることができる。しかもその安心感を、誰もが意図して与えようとしていないところがいい(なんだか純粋贈与みたいな話だ)。

人によってはまったく共感できなさそうな話だが、正直に書くとこういうことになってしまう。人付き合いは得意じゃないし、しょっちゅう会ったりはごめんだけど、窓の灯りはけっこう好きだし、できればみんなそれくらいの距離感でいてほしい。一人でいるのが好きな人にしか通じなさそうな結論が出たところで、今日も夜の散歩に行ってこようと思う。

PROFILE

白岩 玄(しらいわ げん)

1983年、京都市生まれ。高校卒業後、イギリスに留学。
大阪デザイナー専門学校グラフィックデザイン学科卒業。
2004年『野ブタ。をプロデュース』で第41回文藝賞を受賞し、デビュー。
2005年、同作は芥川賞候補になるとともに、日本テレビでテレビドラマ化され、
70万部を超えるベストセラーとなった。
2009年『空に唄う』、2012年『愛について』を発表。

著者近影

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

なるべく自分の日常を切り取りたいなと思って書きました。

このエッセイを読まれた方へ

夜道を歩くときに、窓の灯りの温もりを感じてもらえたら嬉しいです。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

あったかいお茶。お茶党です。