夜、煌々と輝く電気の光を見つめながら、私は羊のかわりに料理の皿を数え始める。昨今、真夜中に目が覚めしまったら最後、食べ物のことを考え始めて眠れない。幼い頃から食い意地だけは人一倍張っていたものの、ここ数年、それがより一層悪化しているような気がする。私は毎晩のごとく、めくるめく料理の皿を想っては、ベッドの中で悶えている。
数年前、シャーロック・ホームズ狂の母と一緒にロンドンを訪ねたことがある(注ちなみにシャーロック・ホームズは19世紀イギリスの作家コナン・ドイルが作り出した架空の探偵です)。私としても母ほどではないにせよシャーロック・ホームズを愛しているし、ベネディクト・カンバーバッチ版のBBCテレビシリーズ「SHERLOCK」までくまなく観ていた故、かのホームズ物語の地を訪ねるというのはやぶさかではない。かくしてロンドンに到着するやいなやふたりが真っ直ぐに向かったのはかのホームズが住むベーカー街221Bであったが、私がそれよりも何よりも私が楽しみにしていたのは、レストラン「シンプソンズ」であった。かのレストラン、19世紀を生きたホームズ、お気に入りのレストランである。時はビクトリア朝、ガス灯が灯り、馬車が駆け、長いスカートを引きずる淑女たちが、ステッキを持つ紳士たちが、そして何よりもあの本で読んだあのホームズが集い、食べたあの料理があるはずのレストランである。
食べるのは好きだが高級レストランになど全く慣れていない私は荘厳な雰囲気に圧倒されながらも、おずおずと英語のメニューを指差し料理を注文した。出てきたのは奇妙な格好に盛りつけられた小麦と肉の塊であったが、母も私もフォークとナイフを握りしめ、あぁなんと、これぞホームズ様がお食べになった味なのだ!本のページの中にあった味なのだ!と感動に打ち震えたのであった。以来、かの雰囲気と味をことあるごとに何度も頭と口の中で再生してみては、うっとりとなっている。
しかし人間というのは貪欲なものである。かの一皿を実際に口にし、大層満足したのも束の間、私は、ところで、と考えはじめた。ならば他の料理も食べてみたい。絶対食べたい。
「花嫁失踪事件」のフォアグラのパイにクモの巣のはった酒、それから「海軍条約文書事件」のチキンのカレー……!以来、私はひたすら本のページを捲っては、涎を垂らし続けている。しかし、残念ながら、そんなものを食べることができるレストランというやつは、この世に存在しない。
夜な夜な、手が届かぬ物語の中の皿に想いを馳せて、私は目を爛々と輝かせている。腹がぐうと鳴る。窓の向こうを観ると、外にはガス灯のかわりに電気が灯り、ぽつりぽつりと遠くのマンションの部屋の光がかすかに見える。
あぁ、あの光の灯るマンションのあの部屋の冷蔵庫の中には、フォアグラのパイが眠っているのじゃないかしら。ほら、あっちの黄色い灯りの部屋のお鍋の中では、チキンのカレーがほかほかと湯気を立てていて。それからそれから、本で読んだ、あんな料理やこんな料理が……。料理が一皿、料理が二皿、料理が三皿……気づくと私のそれはお岩さん的な様を呈しはじめている……眠れない。
作家・マンガ家。1978年生まれ。
著書『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)が第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に選出。“放射能”の歴史を辿るコミック『光の子ども1』アンネ・フランクと実父の日記を巡るノンフィクション『親愛なるキティーたちへ』(共にリトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)など。
ユニットkvinaとしてポストカードブック『Mi amas TOHOKU東北が好き』(リトルモア)他。
HP:http://erikakobayashi.com/
「窓の灯り」を美味しそうと思ってしまうのは私だけでしょうか。
真夜中お腹が減っている時だったらごめんなさい。
空想。