Vol.33 骸骨にお願い

メレ山 メレ子

相模原市の東林間という駅からすこし歩くと、ショーウィンドウに骸骨が立つ店がある。以前は理科室にいたらしい模型は片手を胸にあて、もう片方の手を挙げて「おいでませ」している。寒い日には、肩に毛糸のケープを羽織っていることもある。

「うみねこ博物堂」は、自然科学にまつわる本や雑貨と古物の店だ。中に入ると、奇怪な形をした植物の種、ウニや貝殻や鉱物、ブリキの玩具、博物画、動物の骨、昆虫標本、古いガラス壜などに囲まれる。謎の店で手に入れた品物から、ストーリーが動き出す――子供の頃読んだお話を思い出す。

うみねこ博物堂の店主夫妻とは知り合って5年目になる。「ひよこまめ雑貨店」の屋号で雑貨を作っていた奥さんを、昆虫の研究者に紹介していただいた。正確だけどリアルすぎず、上品だけど遊び心もある作風が好きで、隔年で開催しているクリエイターイベント「昆虫大学」にはいつも出展してもらっている。毎回変わるイベントロゴも、彼女のデザインだ。

夫妻は農大の昆虫研究会で知り合ったそうだ。旦那さんは卒業後、今とは別の仕事をしながら昆虫活動を続けていたが、ある日いきなり決断し、この店をはじめた。

借りた物件をDIYで改装してお店を作るというので、友人と押しかけた。わたしは不器用で棚を作っているときの固定役ぐらいしかできないが、がらんどうの物件で床に座って酒盛りしていると、ここで生まれる新しい「場」への期待で胸がいっぱいになった。

お店に行くと、お客さんが静かに興奮した表情で店内を回遊している。こまごまとした品物を壊さないように、おずおずと触れる。レアな昆虫標本を狙う愛好家から骸骨に怯えつつショーウィンドウをのぞきこむ小学生まで、幅広く応対する夫妻を見ると、ものと一緒にやりとりされている好奇心が見える気がする。

「その棚、ワイが作った(押さえた)んやで」と内心誇りに思いながら、わたしも自分の部屋を飾るための宝物を、山と買いこんでしまう。

好きなもののもとで好きなものの話をする、そんな場所は意外と少なく、本当に貴重だ。

わたしは今、会社員の稼ぎで暮らしながら文筆やイベントに関わっている。しんどい世の中で息継ぎする手段として、魚礁(ぎょしょう)のような場所を探したり、たまに作ったりしている。

虫や生きものをフィールドに見に行くと感じるが、生きものの数や種類が多い場所は必ずしも、人から見た「きれいな」所ではない。緑の芝生や澄んだ水ではなく、無数の穴ぼこ、厚く積もった落ち葉、泥に淀んだ溜まり水、そんなじめじめぬくぬくした得体の知れない場所が、たくさんの生きものを育んでいる。

人の心にとっても、そんな場所が必要だと思う。しけた顔して歩く人の中に「普通」や「人並み」からずれたものがたくさんある。それを分かち合ったり認められたりする場所を持つことが、思いもよらないほど気持ちを救うのだ。骸骨が差し招く窓のようなおかしな場所を、もっともっと味わいたい。他の人もこの好奇心の沼につき落として、一緒に泥まみれになりたい。そう思いながら、自分と自分の好きな人たちが安らぐ魚礁のため、今日もない知恵を絞っている。

PROFILE

メレ山 メレ子 めれやま めれこ

エッセイスト。1983年、大分県別府市生まれ。
平日は会社員として勤務しながら、旅や生き物に関する連載や寄稿を行う。
2012年から、昆虫研究者やアーティストが集う新感覚昆虫イベント「昆虫大学」の企画・運営を手がける。
著書『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)『メメントモリ・ジャーニー』(亜紀書房)など。

メレ山 メレ子

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

明るい窓を見上げるときに感じる、人が集まる場所への憧れをもとに、ここ数年の自分のテーマについて書きました。

このエッセイを読まれた方へ

あなた自身が安らぐ、自分でいられる場所のこと、それをどうやって見つけたのかも、いつか機会がありましたら教えてください。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

散らかっていると安眠できないことに最近ようやく気づいたので、洗濯物をたたんだり、壁の棚の宝物を並べ替えたりします。ヒートアップしてより眠れなくなることもありますが、翌晩はよく眠れるのでまあいいか、と前向きにとらえています。