昼間、外を歩いている時、誰かの家のベランダを見るのが好きで、覗き込んでしまう。植物がわさわさとはみでているような家を見ると、あれは冬でも元気でいいな、なんという種類なのだろう、と思う。遠くてわからないし、もし近くてもわからないのだが、いつか広いベランダがある家に引っ越すこともあるかもしれないと淡い夢を抱き、日々リサーチしているのだった。植物や洗濯物や、ちまっと置かれた椅子も気になるけれど、ヴィンテージマンションに見られるような、趣のある鉄柵だけを見るのもいい。
夕方になって、夕餉の匂いがしてくると苦手で、足早に通り過ぎる。窓の向こうに家族がいるのか、ひとりなのかはわからないけれど、小さい頃からこの匂いがなんとなく怖い。
夜の窓は、電球色の家や、蛍光灯のオフィスや、蛍光灯の家や、雑居ビルの上にはムーディな色も見えたりして、とたんにおしゃべりになって楽しい。もう植物も鉄柵もシルエットとなって、匂いもしなくて、空に浮かんでいる。わたし調べでは、蛍光灯の家の窓がまず暗くなり、蛍光灯のオフィスが結構がんばり、ムーディも負けず、そして電球色の家は、朝を迎える個体もあるような気がする。
先日、めずらしくCDジャケットのデザインの仕事がきた。手嶌葵さんの『東京』という歌。サンプルの音源を夜中に聴いて、透き通る声の伝えてくれる夜の暖かさのようなものを感じ、思いきり感動してしまった。仕事だという心持ちで聴いているということも少しはあると思うけれど、歌詞がとても沁み入り、夜の東京の明かりたちがとても心強く感じた。次の日、イラストをお願いした福田利之さんと、ビクターの方々と打ち合わせをしたのだが、その場で初めて音源を聴いた福田さんが開口一番「これ名久井さんの歌やないですか。夜なべソングですね」と言ったのだった。確かに夜なべソングだった。遅くまであきらめずにもう少しもう少しと頑張っている人の歌……。無数の窓の明かりには無数の理由……。感動したのは身に覚えがあったからだったのか。後日、福田さんから夜を見守るフクロウと、輝く街の灯が美しい東京の絵が届いて、やっぱり夜なべでデザイン作業をしたのだった。
現在、都会に住んでいて、アパレル業界の多いと呼ばれている地域。同業者も多いと編集者に聞く。ということは宵っ張りの街ということだ。わりと見晴らしの良い7階にいて、今ちょうど夜中の12時を過ぎたところなのですが、蛍光灯の部屋はほとんど見えず、蛍光灯のオフィスの横長の窓が、まだたくさん見え、電球色のところはもっとたくさん。そして、パソコンの画面の光も見える!のです。オレンジ色の窓の中に見える白い小さな四角。白い四角の中は発光していて見えないけれど、わたしにはわかる、わかるよ。それは仕事をしているんでしょう?空中で応援しあうような、白い小さな四角の光。モールス符号のように、瞬きはしないけれど、光っているだけで、一人じゃないよと伝えてくれている。
白い小さな四角が、ひとつ消え、ふたつ消え、空がだんだん白んできて、四角が、窓が見えなくなったころ、一人の世界、ベッドに帰る。また今晩、白い四角たちが見えるからさみしくないのだった。
手嶌葵さんの『東京』、本当にいいので夜なべ仲間の方はぜひ!
夜中にこれを読んでくださった方。わたしも起きています。ひとりじゃありませんよ。
眠れない時は、覚えるほど読み返し続けている自分の鉄板漫画を手に取り、知っている結末を読むと安心して眠れることが多いです。