ライブハウスを「箱」と呼ぶと知ったのは大学で軽音部に入り市内の箱に出入りするようになってからだ。先輩に連れられて、ドキドキしながら夜の繁華街を歩いた夏のこと。ここだよ、と言われて見上げた場所は雑居ビルだった。「まさか、この中にライブハウスがあるんですか?」何の変哲もないビルの階段を上り、分厚い扉を開くと、そこは別世界だった。耳をつんざく爆音と共に万華鏡のように照明がステージを照らし、人々は汗まみれになって踊り歌っていた。熱気にくらくらした。魔界という箱をスッポリと入れこんだような空間には、これまでの人生では出会うことのなかった人々が集まっていた。
自分がステージに立つようになって、昼間のライブハウスを知った。楽器を持って重い扉を開ける。もちろん昼でも夜でも挨拶は「おはようございます」だ。赤や黄色の照明はなく、蛍光灯が全体をぼんやりと照らす。モヒカンだった受付のお兄さんの髪はまだぺたんこで、静かにモップをかけている。音響さんはステージの上でマイクを一つ一つ確かめている。夜でないライブハウスはとてつもなく地味だった。ビールをピッチャーで飲んでいる猛者はいない。対バン相手は、恥ずかしそうに「おはようございます。よろしくお願いします」と言うのだった。魔界レベル0だった。これまでの人生で出会わなかった人達の昼間の顔は、クラスの端っこにいた私と似ていて、どこか懐かしく安心できた。
東京に出て来てマンションで暮らした。大学時代暮らしたアパートに比べて、マンションは家というより箱だった。ライブハウスでなくとも、電車も、会社も、飲み屋も、デパートも、東京は何もかも地面に垂直に突き刺さる箱に思えた。初めて住んだ箱はあまりに狭く、冷蔵庫のすぐ隣で寝て、朝布団を畳んでもしまうスペースがなかった。ユニットバスのトイレの方で無理矢理頭を洗って、いつもびったびたになった。変な夢を度々見た。あるはずのない襖が出てきて開けると実家の座敷が広がる。「やっぱりー、こんな狭いはずないよねえ」と叫んだところで目が覚める切い夢だった。それでもベランダから見る夕日は美しく、月も案外いい感じなので地球にいることは確からしかった。
隣の箱からは夜通し電子音が聞こえ、もしかして隣の奴もミュージシャンか?と気になったが、二年間一度も言葉を交わさなかった。多分、私が寝る以外で家にいることがほぼなかったからだ。曲作りやレコーディングは窓のない箱で数ヶ月缶詰だったし、ライブハウスも夜にならないと光を浴びられない。私の太陽はステージの照明と深夜の窓灯りだった。帰ってマンションを見上げたとき、顔知らぬ隣人の部屋に灯りがついていると何だか安心した。壁の向こうから聞こえる携帯のバイブ音や、来客との笑い声。孤独な街だとは聞いていたが、どこにも孤独なんてないじゃないかと思った。
初の全国ツアーを無事に終え長旅から戻ってきた夜、ハイエースは21エモンの世界みたいに首都高を滑った。垂直に突き刺さった箱、何千何万の窓灯りが「おかえり、よく頑張ったじゃん」と手を振ってくれるようで、ああこの街で生きていくんだなと思った。一つ一つの箱には、光の数だけ人の熱がある。それらは、ライブハウスと同じように昼間はきっとシャイなのだろうと思うと、やっぱりどこか懐かしさと温かさを感じるのだ。
夜景として窓の灯りは当たり前にあるものですが、ときに人を暖かくしたり安心させたりしているんだなと
改めて人と人の間接的な繋がりについて考えました。
都会の生活に疲れている方も多いと思いますが、少し視点を変えてみるきっかけになるといいなと思います。
気分転換にライブハウスへも是非足を運んでみてください。
街をぶらぶらすることです。
たまに光の消えてない窓もあって、仕事かなあ、がんばれーって思います。