Vol.53 「今夜も韻が踏まれない」

今泉 力哉

私の部屋には窓がない。

こないだふんわり、一軒家を買った。

笑えないくらい収入が安定しないのに家を買えたのは、情けない話だが、親からの多少の援助と、嫁がローンを組める職業についているからだ。そもそも私はこれまで生きてきて、自分が家を買うなんて考えたこともなかった。でも、こどもたち3人(8女、6男、3男)が大きくなってきたことなども踏まえ、これ以上部屋数が増えて今以上家賃が高いアパートやマンションに住むくらいなら買った方が、と嫁が判断、去年の春先から夏にかけて、ふらふらと空き地(土地っていうのかな)を色々見てまわったりした。で、家を買うことになった。買うというか、建てることになった。新築一軒家である。

35年ローン。72歳。私は良くも悪くも定年のない職業についている。映画監督。35年後、映画監督という職業はまだ存在しているのだろうか、などとたまに思ったりもする。

そういった過程で家を建てることになったので、基本的には嫁の好きなようにつくれればよかった。建築士(設計士?)との何度もの打ち合わせを経てできた家は、それはそれはお洒落な外観をしていて、玄関がある通りに面した側面には、玄関の他には右上の方に正方形の洒落た窓がひとつポツンとあるだけだ。そこが娘の部屋で、私の部屋はその窓がある部屋のちょうど真下にある。構造的には階段の下に当たる部分でもあって、部屋の一部の天井が斜めになっている。そして、そう。窓がない。外観をお洒落にするために。

引越しの際、私がひとりで引越し業者から荷物の受取りをしていたのだが、基本的に荷造りは嫁がしていたため、どの段ボールをどの部屋に運べばいいかわからないものも多くあり、一旦、玄関から入ってほど近い、私の部屋に収める荷物がたくさんあった。

「それも一旦この部屋で」と私が言うと、「わかりました。じゃあこれも一旦なやで」と業者さんが言った。一瞬耳を疑ったが聞き間違いではなかった。また新たな中身の謎な段ボールを運んできた業者さんが言った。「これも何も書いてないんで、一旦、納屋に入れときますね」納屋じゃねえ。私の部屋だ。なんなら打ち合わせ時に建築士さんは「旦那様の書斎」って呼んでいた部屋だぞ、おい。窓、大事。お洒落な外観も大切だが、やはり窓は大事だ。

そんなこんなで無事引っ越して少し経ったある日の夜。思ったより早く仕事から帰れることになり、その旨、嫁にメールした。家につく少し前にもメールをいれたので嫁から聞いたのだろう、家が見える場所まで来ると、その輪郭も夜に紛れた新築一軒家の右上の方にポツンとついた正方形の窓に3人のこどもたちが集まって私に手を振っていた。正方形の白い光。とてもしあわせな気持ちになって手を振り返したのも束の間、窓からの見え方、角度を争ってか、振った手がぶつかったのか、こどもたちが揉め出し、ひっぱたきあいだし、窓からはひとりの姿も見えなくなった。私は慌てて家に駆け込み、窓のない自分の部屋に荷物を置き、靴下を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、吠える犬をかわし、キッチンから漂う夕食の匂いを纏いながら、娘の部屋に喧嘩をおさめに走った。

きっと近い将来、あの窓は私の映画に登場する。

PROFILE

今泉 力哉

1981年、福島県生まれ。映画監督。
2010年「たまの映画」で商業監督デビュー。
以降、コンスタントに恋愛映画をつくり続けている。
2013年「こっぴどい猫」でトランシルヴァニア国際映画祭最優秀監督賞受賞。
代表作に「サッドティー」(14)「知らない、ふたり」(16)「パンとバスと2度目のハツコイ」(18)など。
公開待機作品に伊坂幸太郎原作の「アイネクライネナハトムジーク」と
角田光代原作の「愛がなんだ」がある。ともに19年公開予定。

今泉 力哉

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

最近あったことを書こうと思いました。
窓は大事です。少しだけフィクションかも。

このエッセイを読まれた方へ

窓は外を見るためのものでもあるけど、外から見られるものでもある。
だから家でパンツでウロウロしてる自分はカーテン閉めがちです。
でも光は通るやつ。みなさんはどうですか。

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