Vol.55 「ふゆの窓」

内田 伸輝

妻との結婚生活は8年目になった。

僕らの住まいは、3階建ての最上階、角部屋で、陽射しを直に受け、夏は堪え難いほどの暑さになり、冬は外にいるような寒さとなる。

夜が更けてくると、家の中にいても息が白くなる事もあるが、僕らは温かい飲み物を飲みながら話しは尽きず、時には朝方になるまで話し込んでしまう。

僕は映画監督として、いくつかの劇場用長編映画を作り、妻はその長編映画の撮影監督をしている。

映画以外では、妻はフリーの写真と動画のカメラマン、僕はフリーで映像制作を請け負っている。

そんな僕らの帰宅後は、殆どの会話を映画関連の話題に費やす。

今進めている脚本の話し、完成した映画の話し、一緒に観た映画の話し・・・

僕は脚本と演出、演技の面から、妻は撮影や照明、映画の色合いについて互いの感想を話す。

春夏秋冬、僕らは毎日のように映画の話しをする。その時間は、何ものにも代え難い、大切な二人の時間。

そんな二人の会話に割って入るのが、愛猫のトラ。

あれだけ柔らかい毛に覆われているトラも「寒いんですけど」と僕らの膝の上に寝転がり暖をとる。そして「君たちは、一体、いつまで話してるんだ」とばかりに僕らの顔を見つめる。

トラは両目が見えない。しかし、目が見えない事を全く感じさせないほど、聴覚、触覚、嗅覚をフル活用して部屋の中を動き回り、ご飯時になると僕らの顔を愛くるしい顔でジッと見つめる。

その目は「本当は見えてるんじゃないの?」と思う時が度々ある。

トラがやって来た事で僕らの話しは中断し、眠気がやってくる。しかし就寝する訳でもなく、部屋の灯りを間接照明に切り替えて、就寝前に恒例となった海外ドラマ観賞が始まる。冬の寒い時期は、それを観ている間、寝床に布団乾燥機を仕込んで、約一時間ほど布団の中を温める。

「眠る前に良い画をみたい」

とよく妻が言う。そして僕も、眠る前に良い脚本と演出、演技を観たいと思っている。ヨーロッパ系の海外ドラマは、そんな要求を満たしてくれるのだ。映画は中断したくない為、ドラマはちょうど良い。

1日1話、時には2話を観賞し、お互い感想を言い合う頃には、布団乾燥機のタイマーも切れて、布団の中はホカホカの状態になっている。

風呂上がり後の長話しや、海外ドラマの感想によって、僕らの身体はすっかり冷え切り、特に足先は氷のように冷たい。

僕らはやっと間接照明を消して、布団に潜る。

布団乾燥機によって温められた寝床は、まるで丁度良い湯加減のお風呂に入っている感覚だ。

僕らは「あ~」と声に出して、その後笑う。

冬の1日の終わり。暖房を使わない冷え切った窓を見ると、東の空が薄っすらと白み始め、窓には水滴がついている。

「外はもっと寒いんだな」

そんな当たり前の事を思いながら目を閉じていると、トラが布団に潜ってきて、僕らの間に入り込んでくる。

トラの「ゴロゴロ」と喉を鳴らす音を聴きながら、僕らは短い眠りに落ちていく。

あと、数時間で次の日が始まる。

きっと、夜は映画の話しをするのだろう。

PROFILE

内田 伸輝

2010年に監督した映画『ふゆの獣』が第11回東京フィルメックス 最優秀作品賞、2012年『おだやかな日常』でカナリア諸島地球環境映画祭2014 最優秀作品賞。最新長編映画『ぼくらの亡命』は2017年全国劇場公開。
2018年11月24日~池袋シネマ・ロサ他にて『監督 内田伸輝×撮影 斎藤文 特集上映 AYA&NOB SPECIAL』11作品特集上映。
特設サイト:https://makotoyacoltd.wixsite.com/mysite

内田 伸輝

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

「1日の終わりにビールを飲まないと、終わった気がしない」という人がいるように、その日の終わりに映画の話しをする事が僕らにとっての1日の終わりになっていました。窓の灯はいずれ消え、やがて朝になる。その消える直前の1日の終わりが、優しく微笑ましい1日になります事を願って。

このエッセイを読まれた方へ

誰にでもある1日の終わり。今日の終わり方はどうでしたか?嫌な日でしたか?良い日でしたか?どんな1日だろうと、終わりに良い思いをすると、チョット救われた気分になるような気がします。

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

想像と創造は、人の脳を覚醒させる。毎日想像しまくっています。