妻との結婚生活は8年目になった。
僕らの住まいは、3階建ての最上階、角部屋で、陽射しを直に受け、夏は堪え難いほどの暑さになり、冬は外にいるような寒さとなる。
夜が更けてくると、家の中にいても息が白くなる事もあるが、僕らは温かい飲み物を飲みながら話しは尽きず、時には朝方になるまで話し込んでしまう。
僕は映画監督として、いくつかの劇場用長編映画を作り、妻はその長編映画の撮影監督をしている。
映画以外では、妻はフリーの写真と動画のカメラマン、僕はフリーで映像制作を請け負っている。
そんな僕らの帰宅後は、殆どの会話を映画関連の話題に費やす。
今進めている脚本の話し、完成した映画の話し、一緒に観た映画の話し・・・
僕は脚本と演出、演技の面から、妻は撮影や照明、映画の色合いについて互いの感想を話す。
春夏秋冬、僕らは毎日のように映画の話しをする。その時間は、何ものにも代え難い、大切な二人の時間。
そんな二人の会話に割って入るのが、愛猫のトラ。
あれだけ柔らかい毛に覆われているトラも「寒いんですけど」と僕らの膝の上に寝転がり暖をとる。そして「君たちは、一体、いつまで話してるんだ」とばかりに僕らの顔を見つめる。
トラは両目が見えない。しかし、目が見えない事を全く感じさせないほど、聴覚、触覚、嗅覚をフル活用して部屋の中を動き回り、ご飯時になると僕らの顔を愛くるしい顔でジッと見つめる。
その目は「本当は見えてるんじゃないの?」と思う時が度々ある。
トラがやって来た事で僕らの話しは中断し、眠気がやってくる。しかし就寝する訳でもなく、部屋の灯りを間接照明に切り替えて、就寝前に恒例となった海外ドラマ観賞が始まる。冬の寒い時期は、それを観ている間、寝床に布団乾燥機を仕込んで、約一時間ほど布団の中を温める。
「眠る前に良い画をみたい」
とよく妻が言う。そして僕も、眠る前に良い脚本と演出、演技を観たいと思っている。ヨーロッパ系の海外ドラマは、そんな要求を満たしてくれるのだ。映画は中断したくない為、ドラマはちょうど良い。
1日1話、時には2話を観賞し、お互い感想を言い合う頃には、布団乾燥機のタイマーも切れて、布団の中はホカホカの状態になっている。
風呂上がり後の長話しや、海外ドラマの感想によって、僕らの身体はすっかり冷え切り、特に足先は氷のように冷たい。
僕らはやっと間接照明を消して、布団に潜る。
布団乾燥機によって温められた寝床は、まるで丁度良い湯加減のお風呂に入っている感覚だ。
僕らは「あ~」と声に出して、その後笑う。
冬の1日の終わり。暖房を使わない冷え切った窓を見ると、東の空が薄っすらと白み始め、窓には水滴がついている。
「外はもっと寒いんだな」
そんな当たり前の事を思いながら目を閉じていると、トラが布団に潜ってきて、僕らの間に入り込んでくる。
トラの「ゴロゴロ」と喉を鳴らす音を聴きながら、僕らは短い眠りに落ちていく。
あと、数時間で次の日が始まる。
きっと、夜は映画の話しをするのだろう。
「1日の終わりにビールを飲まないと、終わった気がしない」という人がいるように、その日の終わりに映画の話しをする事が僕らにとっての1日の終わりになっていました。窓の灯はいずれ消え、やがて朝になる。その消える直前の1日の終わりが、優しく微笑ましい1日になります事を願って。
誰にでもある1日の終わり。今日の終わり方はどうでしたか?嫌な日でしたか?良い日でしたか?どんな1日だろうと、終わりに良い思いをすると、チョット救われた気分になるような気がします。
想像と創造は、人の脳を覚醒させる。毎日想像しまくっています。