Vol.61 「窓の灯りを、好きになりたい」

松本 花奈

先日から新学期が始まり、心新たに意気揚々と電車に乗ろうとしたら、小田急線が遅延していた。しかも5分10分のレベルではなく、1時間以上だ。仕方がないので普段の倍以上の時間をかけながら目的地へと向かう中、ふとイライラしている自分に問いかけた。

そもそも自分はどうしてそんなに時間を短縮したいのだろうか?

もちろん何か予定がある時に急ぐ気持ちになるのは当然だ。でもそうではない時にも、そう、例えばエスカレーターは絶対に歩いてしまうし、友人との飲み会すらも無駄な時間に思えてしまう時がある。

窓についている灯りを見ると焦りを感じるようになったのは、いつからだろう。

深夜に作業をしていて、ふと近所のコンビニに行こうと外へ出る。立ち並ぶマンションを見上げると深夜2時や3時であるにも関わらずまばらに灯りがついている部屋がある。そういうものを見ると、皆こんな遅くまで起きて頑張っているんだなあと思い、そしてそれが、だから私ももっと頑張らなくちゃなあ、という焦燥感へと変わるのだ。つくづく面倒くさい性格だと自分でも思う。

先日もいつもと同じように深夜にコンビニにジュースを買いに行った。帰宅しようとしていると、家の横にある駐車場から男女の怒鳴り声と泣き声が聞こえてきた。声のする方を見ると、私と同い年くらいの男女が大喧嘩していた。いわゆるカップルの別れ話のもつれだろうか…と思いその場を離れようとしたのだが、会話の内容が何やら気になる。

「○○くんに言われたひどい言葉、ひどい態度、全部歌にするから!」

と彼女が泣き叫ぶと、

「勝手にやれよ。俺だってクズ女に騙された話、書くし」

と彼氏はボソボソ言うのだ。

会話の断片を聞く限りどうやら彼氏は映画を撮っており、彼女はミュージシャンのようだ。別れ話が勃発した理由は分からなかったが、とにかくそれぞれお互いへの不満を持っているようだ。

そうこうしている内に彼女が泣き疲れてその場に座り込んでしまったので、彼氏がまたボソボソとした声で「とりあえず家に戻ろう」と言った。私は二人が気になってしまい、後を追った。

道すがら終始つかず離れずの絶妙な距離感を保っていた二人だが、そのまま3階建てのアパートへと入っていき、部屋の窓の灯りがついてから暫くしても灯りが消える様子はなかった。まだ喧嘩を続けているのだろうか、もしくは同棲しているのだとしたら荷物をまとめているのだろうか、はたまた仲直りをしているのだろうか。

それは二人にしか分からない。

でも、一つだけ予想できることがあるとしたら、彼は元カノとの思い出を映画にするかもしれない、彼女は元カレとの思い出を音楽にするかもしれない、ということだ。

映画を撮ってね、と思った。

歌詞を書いてね、と思った。

自分の経験からしか産まれない創作はあるし、想像だけでは越えられない壁もきっとある。灯りのついた窓の中で感じた想いがいつか自分に染み込んで、辛かったことも寂しかったことも振り返れるようになりますように。

私は気がついたら深夜の道路のど真ん中を全速力で走り出していた。早く家に帰って、シナリオの続きを書かなきゃ。私もあの彼に負けないような面白い映画が、撮りたい。焦燥感と疾走感の追い風に押されながら沢山の立ち並ぶ建物の中をひたすら走ったが、何故だか不思議と疲れは感じなかった。

PROFILE

松本 花奈

1998年生まれ。大阪府出身。映像監督。
主な監督作に映画「脱脱脱脱17」「過ぎて行け、延滞10代」「21世紀の女の子」(内一編『愛はどこにも消えない』)、ドラマ「平成物語」、崎山蒼志MV「国」、HKT48MV「キスは待つしかないのでしょうか?」、ホットペッパービューティーWeb CM「春、変わる時」など。

Vol.61 松本 花奈

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い

窓の灯りが好きになりたい、という想いで書きました。

このエッセイを読まれた方へ

夜中のお菓子は確実に太ります。特にポテチ。
でも、食べてしまうのですが…。夜中の方が美味しく感じるのは何故なのだろう…。
みなさまの創作活動のお供は何でしょうか?

ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?

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