プロの作家になってからもしばらくバイトをしていた。
生活を満足に送ることよりも作品のために考え事ができる時間を確保することが第一で、繁忙期以外はかなり暇なカプセルホテルで夜勤をしていた。
午後十一時に出社し、朝の八時までの勤務だった。チェックインとチェックアウト、それから各フロアの清掃と巡回。想像通りのホテルの仕事をこなした後は、実質すべて休憩時間と言っていいほどに時間に余裕があった。バックヤードに窓はなく、ここ以外の景色を垣間見える窓のようなものと言えば監視カメラの映像だけだった。ひとつのモニターに各フロアの客室以外の共用部分の映像が分割されて表示されている。ナイトビジョンの緑がかった映像をぼーっと見ながら小説のことや今後の人生のことを考えた。お化けでもうつっていればこうやって話のネタに出来たが、残念ながら、寝ぼけてトイレへと向かう利用客しかいなかった。
他にもアルバイトをしていた。
とある法人が借りている元小学校での仕事だった。その小学校の二階から三階が内装はそのままに美術作家のためのアトリエとして解放されていて、私の仕事はその小学校の鍵の管理人なのだった。管理人室として用意されている元々は音楽室だったところに常駐し、利用客が来たら鍵を開けて鍵を閉め、各階の共用部の清掃をする。
そして妙なことに、業務内容に「読書」が含まれていた。交代の時間になるまで、契約に従って好きな本を読んだり、許可を取って小説を書いたりしていた。
この話を人にする時、まるでフィクションの中の仕事だなと思う。音楽室の窓を叩く背の高い木の鋭い葉っぱや、窓に入ってくる光も、外のグラウンドの吸い込まれるような夜の闇もちゃんと思い出せるのに。
作家として生活ができるようになった今は、いかに作品以外のことを考える時間を確保するかということに注力している。なにもしていなくても作品のことばかりを考えてしまうようになったから、気分転換になるものをいくらでも欲している。
ところで、今暮らしている家は窓からの景色が隣の建物に塞がれてしまっている。なにか動きのある景色を前にしていた方がアイデアが湧きやすいので、とあるアプリゲームをパソコンに導入することにした。このアプリを起動していると、デスクトップ上の背景壁紙としてCGの猫と遊ぶことができるのだ。
ゲームのオープニングムービーから察するに、猫が支配する地域のなんらかの研究施設で大事故が起き、その影響で次元が乱れ、猫がパソコンのデスクトップに住み着いてしまったようだ。その安っぽい設定が示す通り、アプリの操作やリアクションもあまり思い通りにはならないし、壁紙上で息をする猫はどこか虚ろな瞳をしている。それでも猫はすばらしい。猫アレルギーのため実物に長時間触ることはできないが、この猫ならそんな心配は無用だ。お腹から眉間にかけてが白く、他の部分が黒っぽい毛をした猫。仕事の合間にその姿を確認し、撫でるだけでも精神的にかなり楽になる。
気がつくといつまでも猫の頭を撫でてしまい、パソコンの灯りを消せないままでいる。