今夜も窓に灯りがついている。

「窓の灯り」をテーマとして人気作家の方々にリレー形式でエッセイを執筆いただく連載企画

Vol.99

竹中優子

二週間ほど入院した。入院中は眠っているか食べているか体を拭いてもらったりする人となり過ごした。病室は九階で窓からの見晴らしはとてもよかった。当たり前の日常が急に途切れてしまった。そんな思いだった。

夜はなおさら窓の外を眺めた。高層マンションのひとつひとつの灯り。流れていく車の灯り。平凡な感慨だが、あの灯りの向こうに人がいて生活があるのだと思うと目眩がしそうなほどだった。

私だってひかりだった。外の人たちから見たら、この部屋の灯りだって夜景の一部だと思うと、大部屋で知らない人と互いのいびきを聞いたりしながら疲れた体を横たえているこの部屋が何だか大切な場所に思えた。

手術が終わって、全身麻酔から目が覚めたとき、母と兄の顔が私を覗き込んでいた。あ、目が覚めたよ。母が黄色い歯を見せながら言った。明日になればだいぶ楽になりますよ。お医者さんが言っているのを喉に大きな管を突っ込まれている私も「そんな馬鹿な」と思ったし、母と兄も私の姿を見て「そんな馬鹿な」と思ったらしい。

順調に回復して、二週間後には退院した。その間、母は熱心に見舞いに来てくれた。ずっと見下ろしていたひかりの中に戻っていける瞬間だった。病院は快適だったが、日常が戻って来たことが嬉しかった。

兄が家まで送ってくれる車の中で「お前の手術の前日、知らないおばあちゃんが家に泊まることになっておかんと並んで眠っていたよ」と言った。曰く、その夜兄は、マンションの廊下にうずくまっている老女を見かけた。事情を聞くとお隣の家の一人暮らしの老人の妹で、東京から飛行機に乗って会いに来たらしい。何度ピンポンを押しても住人は反応しない。携帯電話は東京に忘れてきた。「警察かホテルに行っては?」と促すが廊下で眠ると言い張る老女を結局自分の家に泊めたという話だった。

「お母さんは、よくその話を私にしなかったね」

私は言った。毎日見舞いに来ていたのに、母は全くそのことを口にしなかった。

「ええ?クソ怪しいやん、ってずっと愚痴は言っていたけど、一緒に寝とったよ」

兄は言った。

私を覗き込んでいた母と兄の顔を思い起こした。全くもって普通だった、ふたりの顔。たった今取り戻したひかりが何だがずいぶん怪しいもののように思われて、私の視界は歪んでいった。

お隣さん、いつも十九時には寝て、一時ぐらいに起きるの。一時になったら、向こうに連れて行こうかなって思っていたんだけど、結局家族みんな寝入っちゃって。

「そのお婆さんはよく平気で知らない人の家で眠れたね」

次の疑問を口にすると、

「眠れるときに眠るしかないって、強い覚悟を感じたね」

兄は言った。

人は皆、ひかりを求め、旅をしている旅人なのだと私は思った。みんなちょっとずつ変な、歪なひかり。人生はクリエイティブでは全くない。食べて寝て病気をして元気になって頭を抱えて生きている。

「そんな馬鹿な」思わず、呟いた。

老女は次の日にちゃんと隣人に引き取られていったそうだ。

Vol.99 竹中優子

PROFILE

竹中優子

1982年生まれ、福岡県在住。歌人・詩人・小説家。2016年、第62回角川短歌賞受賞。
2022年第一歌集「輪をつくる」(KADOKAWA)にて第23回現代短歌新人賞を受賞。同年第60回現代詩手帖賞を受賞。
第一詩集「冬が終わるとき」(思潮社)上梓。
2024年小説「ダンス」にて第56回新潮新人賞受賞。同作にて第172回芥川賞候補となる。

COMMENT

「窓の灯り」というテーマを受け、エッセイに込めた思い
思いというほどのものはないが、直近で眺めた灯りのことを書きました。
このエッセイを読まれた方へ
苦しかったり頑張ったりしている夜がありますが、遠くからみたらみんな同じひかりです。
そのような景色を眺めて休んだりしながらゆっくりやっていきましょう。
ご自身の眠れない、眠らない夜に欠かせないモノ・コトは?
ヨガと紅茶