2012年度ロイヤリティ・マーケティング研究会を振り返りつつ、ロイヤリティマーケティングに関わる3つの長期的な変化を皮切りに講演がスタートしました。
- クローズドからオープンへ。一度、獲得した顧客のニーズにすべて応えるようなフルラインでの品揃え、営業・サービスの対応、販売チャネルをはじめとした伝統的な「囲い込み」という方法をクローズドなロイヤリティマーケティングと呼ぶならば、現代はそれとは異なった特徴に変わりつつあることが、今年度の研究会を通しても再認識された。
現代は、自社の強みを活かしつつ、取引パートナーや異業種との連携をはかりながら、ときにはキャンペーンやロイヤルティプログラムなどを通して顧客基盤を共有しながら推進するオープンなかたちでのロイヤリティマーケティングへとモードシフトが起こっている。さまざまな業界が成熟期にある現代の消費者は、製品知識が豊富で賢く、どのブランドを、いくらで、いつ、どこで買えば、自分にとってベストな消費生活となりうるか、使い分けの技に長けている。一方、よほどの技術的優位や個性的なブランドが確立していないかぎり、商品・サービスだけでなく、販促手法、プライシング、ウェブ戦略のあらゆる面において模倣がしやすく、されやすい競合関係にあって、よほどの技術的優位や個性的なブランドが確立していないかぎり、顧客が次々に入れ替わる状況、すなわち、顧客回転率が高い脆弱な顧客基盤は避けがたい状況となりやすい。その中にあって、顧客に価値を提供するプレイヤーどうしがときには協働し、シナジーを発揮するような取り組みのなかで、ロイヤリティマーケティングの課題が浮き彫りになってきた。
- ロイヤリティからエンゲージメントへ。ロイヤリティマーケティングを推進するマーケターのゴールは、短期的にはレスポンス率、顧客維持率、営業利益といった指標が、中長期的には顧客生涯価値といった指標が考えられる。これらの指標は、顧客のロイヤリティを計るうえで依然として重要であることには変わりがなく、さらにそれに顧客紹介価値(他のお客さんを自社に紹介してくれることでもたらされる貢献利益)を加えると、顧客が自社にもたらすロイヤリティを経済的価値で表すことが理論上は可能である。
そして、昨今、Web2.0以降のインターネット環境の変化やソーシャルメディアの台頭によって、ひときわクローズアップされるようなったのは、発信する顧客、という能動的な顧客像であり、それにともなって、たんにブランドのヘビーユーザーであり、ファンであるだけの顧客像を超えた存在である。企業のブランドのあり方、商品・サービスの改善提案、ときには批判や建設的な意見を企業に直接に述べたり、あるいは自分のブログやツィッターなどを通して不特定多数の人々に発信したり、といった企業と幅広く関わろうとする行動をエンゲージメントと呼ぶならば、現代のロイヤリティマーケティングは、顧客のロイヤリティよりも広いエンゲージメント行動という範疇で課題を設定すべきステージに入っていると考えられよう。
このような認識にはもう一つ背景がある。それは、近年のマーケティング研究では、顧客の生涯価値と紹介価値は必ずしも一致しない(相関しない)ことがあることが明らかになってきたことである。言い換えれば、自社に高い利益をもたらすゴールドクラスの優良顧客が次々と新規客を紹介しているとは限らないし、本人は高い利益はもたらしていなくとも、紹介による価値は高いケースもありうるということだ。顧客の心理的なロイヤルティ(あえて日本語にすれば忠誠心とも言う)が高まれば、リピート購買が継続し、客単価が上がり、価格弾力性が下がりブランドスイッチしにくくなり、新規客を紹介し、よいクチコミを伝播してくれ、さらには、商品・サービスの改善提案までしてくれる、というのは理念としては理解できるが、実態は、どうやらもう少し複雑なようだ。現代のロイヤリティマーケティングの課題は、そうした多次元にわたる顧客の行動とそれがもたらす効果をできるかぎり可視化し、マネジメントすることでもある。
- 有償と無償の競争。インターネット周りを中心に、無償で顧客にサービスを提供するビジネスがますます存在感を高めたことは、ロイヤリティマーケティングのあり方や課題を考えるうえでも重要なキーワードとなる。ウェブのブラウザ、検索エンジン、地図、動画再生から、求人情報、グルメ情報、モバイルのゲームに至るまで、私たちは日常生活において無料のサービスを使うことが日常になっている。ツーサイドプラットフォームに代表されるビジネスモデルは、これらの無償サービスの基盤となる仕組みでああり、よく知られているように、必ずしも両サイドの顧客から料金を徴収するとはかぎらず、どちらかの市場だけを有償とし、もう一方の市場は無償とするケースである(たとえば、求人広告を出す雇用主からは広告料を徴収し、求職者は無料で情報にアクセスできる)。無償の顧客からは直接的な収益は得られない代わりに、無償客を十分に獲得できれば、プラットフォームの魅力が高まり、もう片方の有償客を吸引することができる、というのがその基本原理である。この原理は、無償か有償かという二者択一としてだけでなく、相対的にどちらの市場に高い価格を設定するかというかたちにも当てはまる。
さて、現代はこうした無償ビジネス、さらには基本は無償として有償のオプションサービスを付加するフリーミアム、あるいは、本体と付属品・サービスのどちらから高い収益を上げるかというレザーブレードモデル、定額課金の会員登録など、プライシングをはじめとした収収益モデルの多様化が進んでおり、多様な収益モデルを基盤とするプレイヤーどうしが同じ土俵で競争しているケースもある。先に挙げた顧客のエンゲージメント行動のうち、購買者としての顧客像だけではなく、購買単価や生涯価値は低くとも、別次元での価値をもつ顧客像やその行動をどう特定化し、自社のビジネスモデルのなかで位置づけるかが問われているのである。
ロイヤリティマーケティングの課題は、ダイレクトメールのレスポンス率をどう高めるか、解約率をどう食い止めるか、効率的かつ効果的なクロスセルを実現するにはどんな機械学習を駆使すべきか、といった戦術的な短期的課題としてだけでなく、このようなマーケティング環境の大きな変化のなかにあって、戦略的な中長期的な課題をどう捉えるかという視点をもって問題解決にあたる必要があることが、今回の研究会を通してあらためて認識された。 |