(まつい・るみ)
1961年大阪府生まれ。舞台美術デザイナーとして2005年にブロードウェーミュージカル「太平洋序曲」(宮本亜門演出)でトニー賞にノミネート。07年には劇場に関する国際機関OISTATから「世界の最も名誉ある舞台デザイナー12人」に選出される。読売演劇大賞や紀伊國屋演劇賞、菊田一夫演劇賞ほか受賞多数。
演劇の舞台空間というのは建築空間などと違って、嘘をつく空間ですよね。正面から見ると本物のようですが、裏から見るとハリボテだったりする。それでいて、お客さんを現実の世界から夢の世界へと移行させてあげないといけない。いかにいい嘘をつくかが大切なんです。例えばお客さんが劇場に入って来てまず目にするのが舞台のセットです。席に座って、幕が開くまでの何分間かはセットを見ながらこれから始まる舞台の世界を想像しますから、そこで夢の世界へと連れていくことができるかが、勝負なんですね。
昨年手がけた「ロックオペラ モーツァルト」の舞台では、巨大な柱の上で物語が繰り広げられるようなセットをつくりました。打ち合わせの後で演出家がぽつりと言った「柱」という単語が耳に残っていて、それをヒントにしたのですが、ただ舞台上に柱を建てるだけじゃ面白くない。いっそ柱そのものを舞台としたらいいのではと、考えたんです。舞台美術家の仕事というのは、脚本や演出家のイメージを具現化しつつ、お客さんの想像力をかきたて、非日常へと連れていける空間に仕上げていくことなんです。
昨年夏にAKB48のコンサート会場の美術を手がけたのですが、ライブ空間をつくったのは初めての経験でした。空間のつくり方として舞台とは異なる点も多いですが、それよりどちらも「生」の空間という共通点があるなと感じました。例えば舞台であれば役者の体調によって、コンサートならその日のセットリストによって、公演期間中に一日として同じ内容が見れる日はありません。空間としては変わりやすいというか、とても柔らかい空間ですよね。今日できたことが、明日はできなかったりもする。それを、なんとか整えていくのが我々の仕事です。小物ひとつとっても役者の方の芝居心が湧くようなものを選んだり、コンサート会場でも演出に使える仕掛けを取り入れたり。幕が開いてから、公演期間中に美術を変えることもあるんです。例えば最近の舞台で、演出家の意向で初日が終わった後に、舞台上に大きな絵を描いたことがありました。初日と千秋楽に来て、その変化を楽しむというファンもいますよね。
いまはインターネットで簡単に見た気になったり、行った気になったりできますが、まだまだ人は根源的なところで、ライブ感ある場を求めている。そんな人たちを非日常へと連れていける生の空間を、作っていきたいと思っています。
「ブレーン」2014年4月号より