(きのした・まさひろ)
木下昌大建築設計事務所
1978年滋賀県生まれ。2001年京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒。同大学大学院修士課程修了後、03年にシーラカンスアンドアソシエイツ入社。小泉アトリエを経て07年に独立し、現在に至る。10年から首都大学東京で非常勤講師を務める。11年アルカシア建築賞金賞、10年IIDA Global Excellence Awards2010入賞、日本建築士会連合会賞奨励賞ほか受賞多数。
TwitterやFacebookなどのSNSが普及しつつある社会で、従来の建築が生み出してきたコミュニケーションが、SNSに移行しているように感じています。コミュニティセンターがいい例ですね。日本がまだ高度経済成長期で、人々が同じ価値観を抱き、理想像が明確だった時代には、地域のコミュニティセンターに集い、関わり合いをもっていました。そこでどうコミュニケーションが生まれるかを建築家が考えることは、当時は現実味のあることだったのかもしれないけれど、僕が学生の頃にはリアリティを感じられなかった。
例えばTwitterでは、例え相手が企業や著名人であっても、友人同士のような個対個の関係が築かれていますよね。それが現代的な関わり合い方とすれば、建築でもあるコミュニティーの内部で生まれる距離感を、そのまま場に持ち込むのではなく、何か別の関係性を築くことがヒントになるかもしれません。
家族でも、一緒にいたり、適度に距離を置いたりと選べる環境をつくれれば、現代の人間関係の気分として、心地よいのではないかと考えて設計を施したのが「エダワカレする家」です。ちょうど幹にあたる箇所にリビングやダイニングを置き、そこから枝分かれするように主寝室や子供部屋、客間などを配置しました。
各部屋にはセカンドスペースとして使えるロフトを設けています。各ロフトは空間的にリビングやダイニングとつながっていて、そこからロフトの様子が多少、伺えるようになっています。
例えば子ども部屋のロフトでは、子どもたちが遊ぶ姿が見るともなく目に入る。おもちゃが散らかっていることもあるかもしれないし、そのときの子どもの気分がにじみ出てくる。状況を介した間接的なコミュニケーションもあると思っています。
空間の外側に目を向ければ、隣り合う建築との関係や、街に対してのコミュニケーションが発生します。街は突然発生するのでなくて、各建築が新陳代謝のように入れ替わって形を成している。建築は意図するしないにかかわらず周囲に何かしら印象を残しますし、反対に、どんな建築であるかを環境が左右します。そこには、もちろん時代の価値観も影響を及ぼします。
皆が同じ方向を目指すのが難しくなった今、コミュニケーションは、自分の隣で起きている、自分がリアルだと思えることの積み重ねでなされていくのだろうと思います。こういった価値観をもった人々によって、建築が入れ替わっていくと、どんな街に生まれ変わっていくのか。もちろん僕も当事者ですけれど、とても興味がありますね。
一緒にいることが前提となる住宅の設計では、家族の距離を置こうとしましたが、JFEケミカルの研究所の設計に携わった際には、逆のことを考えました。数多くの社員や研究者が異なる目的を持って働く環境で、いかに人々に多くの接点を設けられるかをテーマにしたのです。
研究の効率を高められ、若い研究者・学生に魅力的に映り、彼らが気持ちよく働けるスペースであることが求められました。リフレッシュエリアを設けることも要件のひとつでした。
「エリア」といっても、特定の場所に、「さあ、リフレッシュしにいくぞ!」というのはおかしいですよね。執務室や実験室を離れる、コーヒーを飲む、行動そのものがリフレッシュになるはずです。実験室は片廊下にしようと考えていたので、その幅を少し広げて、テーブルや椅子を置き、インターネット環境を整えて、廊下そのものをリフレッシュのためのスペースにしました。実験室から一歩出るだけで、気分転換になるように、という意図です。
廊下であれば、特定の場所に比べ、いつもは異なる実験をしている人とも出会う機会がはるかに多くなります。打ち合わせができる環境を備えることで、突発的なアイデアをふくらませることができますから、普段関わることの少ない人とも研究のきっかけが生まれるのではないでしょうか。
同じ空間にいる人たちの特別なコミュニケーションを生み出すということより、個々人の距離が近くなったり、離れたり、という選択肢をいかにたくさん用意できるかを意識して設計していると感じます。僕自身、Twitterのような適度な距離感を心地よく思いますし、もしかすると現代の施主にとってもそうなのかもしれません。インターネットによって物理的な距離にとらわれない環境が成立していますから、限られた現実空間しか提供できない建築が、何をすべきか考えなければなりませんね。
「ブレーン」2011年12月号より