(すずの こういち・かむろ しんや)
鈴野浩一(すずの・こういち)と禿真哉(かむろ・しんや)により04年に設立。建築の設計をはじめ、ショップのインテリアデザイン、展覧会の会場構成、プロダクトデザイン、空間インスタレーションやムービー制作への参加など多岐に渡り、建築的な思考をベースに取り組んでいる。主な作品に「テンプレート イン クラスカ」「NIKE 1LOVE」「ブーリアン」「港北の住宅」「空気の器」など。11年『空気の器の本』、作品集『TORAFU ARCHITECTS 2004-2011 トラフ建築設計事務所のアイデアとプロセス』(ともに美術出版社)を刊行。
2004年、鈴野浩一さんと禿真哉さんによって設立されたトラフ建築設計事務所。建築やインテリア、舞台セットなど幅広く手がけるが、その根底には建築や家具をバラバラに考えるのではなく「ひとつの風景としてそこにある、つながったもの」としてとらえるというテーマがある。その考えが明確に表れているのが2011年、デザインイベント「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」が開催された際に、ミッドタウンの芝生へ設置された「ガリバーテーブル」だ。
緩やかな傾斜となっている芝生の地面に対し、50メートルの長さのテーブルを、水平に設置。斜面との関係により、場所によって高さが自然と変わるこのテーブル。ある場所では椅子として座っている人がおり、ある場所ではテーブルとしてお弁当を食べている人が、またある場所では子どもたちが遊具のようにしてテーブルの下で遊ぶ姿が見られるなど、人によってさまざまな使い方がされた。鈴野さんは「いろんな人が使用していて、使い方もそれぞれの人の解釈によるものです。それによって、テーブルになったり屋根になったり、ジャングルジムのような遊具になったりしている。でも、そこにある風景としては、皆で一つの物を共有しているんです。使う人によってその表情を変える、建築や家具といった多様な面を持つ理想的な空間を作ることができたと思います」と話す。また禿さんは「あえて使い方をがちがちに固めず、半分は相手に委ねるイメージ」で設計したという。「それによって、これはテーブルですと決めてしまうと、一方向のコミュニケーションしか存在しなくなってしまいます。こちらが考えていなかった使い方をしてくれることが、理想と言えるかもしれません」。
プロダクトや建築は単体で成立するのではなく、人や物が入ることによって、初めてその空間が完成する。やりすぎず、決めつけすぎず、あえて心地よい空白を残す。それがトラフ建築設計事務所の哲学だ。
トラフ建築設計事務所設立のきっかけは、老朽化したホテルをリノベーションしたホテル「クラスカ」の長期滞在者用の客室を手がけたこと。そこで「建築や家具をひとつながりのものとして考える」というテーマも生まれたという。
18㎡という小さな部屋であったことから、空間にある“物”が強い存在感を持つ。そこで、滞在者が持ち込むものを想定し、壁面に穴をあけて、すべてそこへ収納できるようにした。これにより、小さなスペースでもすべての物を等しい扱いで収納できると共に、建築と家具が一体となった空間が生まれた。
「建築を勉強すると、まず土地計画があり、建築があり、インテリアがあり、そこへ物が入っていくという順序で考えることになります。でもこの「テンプレート イン クラスカ」を手がけたことで、まず物から考えること、建築やインテリアを分けずに考えることが、とても有効だということを学びました」と鈴野さん。
昨年には、カラー合板を使用した巣箱のようなデスク「コロロデスク」を制作。デスク自体がひとつの空間となっており、例えば自分の部屋を持つことのできない子どもでも、リビングにこのデスクを置けばそこが自分の部屋のようになる。まさに建築的思考で生み出されたインテリアだ。
建築の依頼が来ても家具のような思考方法で制作し、家具も建築の思考方法で制作する。空間を構成するさまざまな要素を区別せず、一体として捉えることによって、トラフ建築設計事務所は独創的な空間を作り出すことに成功している。
「ブレーン」2013年5月号より