(なかむら・ひろし)
中村拓志&NAP建築設計事務所代表取締役
1974年東京生まれ。石川県金沢市、神奈川県鎌倉市で少年時代を過ごす。99年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年NAP建築設計事務所設立。Design Vanguard 2010 ARCHITECTURAL RECORD TOP 10 architect in the worldほか、受賞多数。著作に「微視的設計論」(INAX出版)、「恋する建築」(アスキー)など。
例えばお辞儀をされると、思わずこちらも頭を下げる。同じふるまいをすると互いの間に了解が生まれ、それが積み重なると共同体の感覚が生まれます。海外でも同様で、イスラム教の聖地メッカで神殿の周りを皆で回るのもそう。欧州の、上へと伸びるゴシックの建築様式は、見る人の視線を縦に誘導し、神への崇敬を自然と抱かせます。元来建築は政治や宗教の儀式と共に発展してきましたから、ふるまいを集積して人々の心をつなぐのは得意なんです。
4月18日に開業する「東急プラザ表参道原宿」の屋上には、階段ともベンチともつかない微妙な起伏を設けました。訪れた人それぞれが使い道を発見して、能動的に活用してもらうためです。全体で見ると、その起伏は広場を囲い、ゆるやかなすり鉢状の構造になっています。人は普通、足を低い方に置きますから、視線は自然と中央に集まります。何となく皆が同じ方向を見ることで、微かな一体感が生じる。同じふるまいでつながっていく感覚です。
建築から人々の能動性を刺激して、そこから人と人の関わり合いが生じていく。それが建築ができるコミュニケーションデザインだと、僕は考えています。
人が身体全体で実空間と関わるようなあり方は、近代建築ではあまり考えられていませんでした。視覚的な美しさの方が大切にされてきたんです。建築デザインでも、対象とデザイナーの距離がとても離れていて、よく「神の視点」という言い方をすることも少なくありません。平面図はまさに象徴的で、スライスした建築を何百キロも上空から見ているような図面ですよね。
ネット空間が肥大化したいまだからこそ、実空間では、現実世界で得られる価値を際立たせることが求められていると感じます。だからこそ五感で感じる身体性がキーワードになるんです。
空間と身体の関わり合いではさらに、その場所でしか得られない「場所性」が大切になっていきます。
――木洩れ日が道路に光の玉を描き、風が吹くとそれがさわさわと揺れる。着飾った人々が集まって、互いに見る・見られるの高揚感に包まれながら、買い物をする――こうした感覚や表参道ならではの体験を、どうやって増幅していくか。「東急プラザ表参道原宿」でも強く意識した点です。
ポイントになったのは「窓」です。それまで商業施設に窓を設けるのはタブーでした。商品が日焼けしてしまうし、来店者が景色に目を奪われて、商品に集中できなくなる。室内デザインの柔軟性も失われてしまいます。ですが今回は、場所性を高めることを優先し、窓を設けました。
これらの課題を解決したのは木です。窓の側に木を植えて、日の光を弱めながら、表参道に来ていることが実感できる程度に外の雰囲気が伝わってくるようにしたんです。いままでの文脈ならフレキシブルでないと否定されていたものをどう使いこなすか、不自由さをどう楽しむか、というデザインも生まれていきます。そうやって人が不自由さを克服していく姿も僕は、建築デザインがもたらせるもののひとつだと感じるようになりました。
「ブレーン」2012年5月号より