コミュニケーションが生まれる空間 Vol.14 高橋 琢哉氏

Creator File

  • センターラインアソシエイツ 松井るみ氏
  • トランジットジェネラルオフィス 岡田光氏
  • BOOK APART運営者 三田修平氏
  • 極地建築家 村上祐資氏
  • ツクルバ 中村真広氏/村上浩輝氏
  • 木村 英智氏
  • 豊嶋 秀樹氏
  • 木村 英智氏
  • SOLSO代表 齊藤 太一氏
  • 構造エンジニア 金田 充弘氏
  • スペースコンポーザー 谷川 じゅんじ氏
  • トラフ建築設計事務所
バックナンバー
  • 中目黒マドレーヌ店主 田中 真治氏
  • フラワーアーティスト CHAJIN氏
  • AuthaGraph代表 鳴川 肇氏
  • 昼寝城 店主 寒川 一氏
  • ランドスケーププロダクツ代表 中原 慎一郎氏
  • スタンダードトレード代表 渡邊 謙一郎氏
  • ブック・コーディネイター 内沼 晋太郎氏
  • 建築家 谷尻 誠氏
  • 茶人 木村 宗慎氏
  • 建築照明デザイナー 矢野 大輔氏
  • 音響演出家 高橋 琢哉氏
  • 一級建築士 中村 拓志氏
  • 建築家 加藤 匡毅氏
  • デザインチーム KEIKO+MANABU
  • 建築設計プロデューサー 小野 啓司氏
  • インテリア・エクステリアデザイナー 佐野 岳士氏
  • 建築家 木下 昌大氏
  • 建築家 猪熊 純氏
  • 大学教授 手塚 貴晴氏
  • 建築家 二俣 公一氏
  • 建築家 梅村 典孝氏
  • 建築家 長岡 勉氏
  • 建築家 平田 晃久氏
  • 建築家 迫 慶一郎氏
中村 拓志氏 中村 拓志氏

(たかはし・たくや)

1975年生まれ。インプロヴィゼーション/アヴァンギャルド音楽シーンでのソロを中心とした演奏活動と平行して、展示/空間の音響演出、企画などを95年より開始。99年より国内外でダンサー・田中泯の音楽を2006年まで担当。現在は音楽とビジュアル体験の間をつなぐ「物語」を具現化することに着手。ユニクロやナイキなどのキャンペーン広告の楽曲制作も多い。

Presented by YKKap

「音」は感情を波立たせるスイッチ

 夏の夜、縁日が開かれた神社の境内や沿道。目に映るのは灯籠や提灯の鮮やかな橙色、肌を撫でる少し湿って温かい風、手をつないだ人の体温。耳にはお囃子、雑踏のざわめき、屋台の鉄板からはジュウジュウと、そしてコテが奏でるカンカンといった音、立ち上る香り。その中には夏独特の草いきれや、潮の香が混じっている。では、どれが「縁日」を成立させる感覚なのか。

 僕は、場所が持つ性質を、視覚や聴覚、嗅覚などの五感で切り分けることにはさほど意味がないと考えています。目で見る、匂いをかぐ、音を聞く、触れる、味わう。その場所独自の体験は、受け手の中ですべての知覚が同時に、有機的に混ざり合っているからこそ、成り立つと思うんです。

 確かに音には記号的な面があります。例えばお化け屋敷なら「ヒュードロドロ…」など。でもそれは「言葉」です。舞台の書割と同じで、木々のセットを見て「森だ」と解釈できても、森林の体験はない。

 それでは、「この音=この体験」とはなりません。僕が音響設計に携わる際は、劇場や舞台、展示会場、店舗、どんな場所でも、まず訪れた人に抱いてほしい気持ちを考えます。そして、その気持ちを湧き上がらせるにはどんな体験が必要か、そのために、その場を満たす光や空気、手触りやビジュアルの印象、香り、色々なものと組み合わせて、どんな音があればいいか。空間が持つすべての表現は、訪れた人の気持ちを想像し、五感を刺激する環境を設計するところから生まれるというスタンスです。

 音響でコミュニケーションを図るのは、受け手の理解に先立つ感覚を刺激するスイッチを押すようなもの。明確に言語化はできなくても、誰しも一度は音に刺激を受けて、感情が波立った経験があるはずです。そのスイッチをきちんと探り当てられれば、空間の体験の豊かさが増し、その場所を再び訪れてもらえるのだと思います。

環境から「音」を考える

 「ヒュードロドロ…」も当初は、環境と共に生まれた音だと思うんです。その音が必要とされて、設計された場所があった。江戸時代に怪談物が演じられた頃でしょうか。そのときは、「言葉」ではなく、まさに体験として受け入れられたのでしょう。それが時代を下り、何度も奏でられるうちに記号へと変わっていった。その表現を生んだ場所は形を変えていっても、表現のアイデアだけが遺伝子のように引き継がれ、現在に残るのは文字でも同じですね。

 もし僕が恐怖や不安、危機感をかき立てたいと考えたら、まず思い描くのは「その環境で何がなされていたか」「観衆はどんな気持ちを抱いてそこに集ったか」です。

 そして、現在の空間で同じ気分になりやすい環境を用意するにはどうするか、考えを巡らせていきます。縁日の話と同様で、ほかの感覚すべてと環境を構築する必要があります。「ヒュードロドロ…」が観客の平静を乱せたのは、江戸時代ならではの演芸に対する人々の期待、小屋、芝居小屋の空気、役者の演技、さまざまな要素と組み合わさったからです。

 テンポも、意味に陥りがちな音の要素のひとつで、さらに人の振る舞いや、考える速度まで方向付けてしまう力があります。ゆっくり見て回りたいときにテンポが早いと急かされるようだし、緊張感を抱いてほしいときに、のんびりしたテンポは合わない。かといって、こちら側の意図をあんまり込め過ぎると、また、「意味」が立ち上ってきてしまう。時には異質さも重要で、違和感があるからこそ体験できることもあります。音は目に見えませんけれど、それでも僕は空間音響で、色とりどりな体験をもたらすことを目指します。

 単なる共通認識を刺激するだけでは、人の心に広がる波紋は小さい。一方で、極端に作り手の身勝手さが見え隠れする抽象的な音というのも波紋が小さくなる。「この人のアートなんだな」と距離を置かれてしまいますからね。「鑑賞」されている間は、その場所への愛着はわきません。

 場所への親近感を湧かせるためには、体験を通じて、受け手に想像が広がるとか、ふいに過去の記憶が立ち上がるとか、何かが身体の中に走らなければならないんです。心地よさだけではなく、ハードな体験であってもいい。「この空間のことをもう一度考えてみたい」、「この場所にもう少しいたい」、そんなふうに振り返ってもらえるような場所を、僕は音を通じて作ってみたいんです。

「ブレーン」2012年6月号より

「ブレーン」のサイトはこちらから

イメージ画像

エコプロダクツ展2011/アサヒビール他アサヒグループ各社展示ブース
東京ビッグサイトで開かれた展示会で、10台の超指向性スピーカーとサウンドプログラミングを活用。立体的で時間的変化を伴う音響空間を設計した。

イメージ画像

NIKEストア吉祥寺 10th Anniversary (3Dプロジェクションマッピング)街頭に設置した4台のスピーカーが奏でるのは映像にシンクロした音楽。東京・吉祥寺の瀟洒な街の中に、近未来的な空間が立ち上がった。

イメージ画像

TECHTILE展#3 触覚のリアリティ
会場内に配置された8台のスピーカーから、個別の電子音を出力(マルチアウト)した疑似的な環境音楽を構成。空間デザインはNOSIGNERが手がけた。

イメージ画像

ソニー「ブラビア」新商品発表会
「ブラビア」新商品の魅力を際立たせるため、発表会場で音と映像の体験をもたらすことに特化した音響・楽曲を制作。

イメージ画像

Sparkling Room Project / Sound Texture Mapping plan 02
音による空間密度のデザインを提案する、齊藤良博(建築家 / a-study代表)とのユニット「Sparkling Room Project」による空間イメージ。

当サイトについて