(いのくま・じゅん)
1977年神奈川県生まれ。
東京大学大学院建築学修士修了後、2004年、千葉学建築計画事務所へ入社、06年まで勤める。07年に成瀬友梨と共同で、成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。08年から首都大学東京で助教授を務める。シェアをキーワードに、住まいからコミュニティキッチンまで、これからの時代の建築について、研究や設計提案を行っている。
シェアハウスは集合住宅の一種で、複数の人間が個室を持ちながら、キッチンやダイニング、バスルーム、トイレなどの設備を共有する住宅です。これに関心を持ち始めたのは、独立して3年目を迎えたころ、集合住宅の設計依頼を受けたことがきっかけでした。そのプロジェクトはおおまかな事業計画の提出も含めての仕事だったので、収支が見合う形態をいろいろと調べているうちにシェアハウスに出会ったのです。水まわりなどの設備を個室から外せるので、その分建物あたりの個室数を増やせるんです。そうすると経営上の利回りもよくなるメリットがあります。
一戸建てや3~4LDKに何人かで暮らすシェアの方法は、海外でよく見られる暮らし方ですが、2~3ケタの人数規模で暮らす場所を提供するビジネスモデルは、おそらく日本独自なのではないか、と思いますね。その位の規模になると、トラブルが起きないよう運営役が必要になります。実際に運営ノウハウを持った企業も日本にはありますが、私の知る限りではいまのところ海外にはないようです。
大勢の人数が集まるシェアハウスは同居人とのつながりが広く、薄くなるので、SNSに感覚的に近いようです。何十人ものスケールになると、生活サイクルのずれもあって、自然と顔を突き合わせる回数が減ってくる。食事だけ共にする人もいるかもしれないし、偶然趣味が同じで、たまの休日にだけ一緒に遊ぶ人もいるかもしれない。外国人を積極的に受け入れて、国際交流をうたうシェアハウスも少なくありません。
大学の研究では、「住まいのサードプレース化」ではないか、と見ています。家(ファースト)でも仕事場(セカンド)でもない、仲間となんとなくいられる自分だけの居場所、そんな性質を持った住まいということです。それも、四六時中ではなく気分や好みで付き合い方を選べる。そうした点に魅力を感じてシェアハウスを選ぶ方も多いのではと思いますね。SNSの普及がシェアハウスを選ぶ人を増やしたのか、それとも無関係なのかは研究を重ねる必要がありますが、結果だけみれば、実際の人間関係だけでなく、嗜好性で見ず知らずの人ともゆるやかに集団を形づくるSNSとシェアハウスはよく似ていると思います。
シェアハウスの設計には、これまでの住まいでは求められなかった建築家の新しい役割が秘められているとも感じます。多人数のシェアハウスには、全員が集まられる場が必要です。その上で、より仲のいいグループで固まることができたり、同じ空間で一人で過ごせたりする場所も欠かせません。大人数が空間内で有機的に集まったり離れたりして“暮らす”ための設計を考えることが、建築家に求められるでしょうね。
家賃の節約手法が発端の暮らし方ですが、こうしたコミュニケーションの豊かさ、選択肢の幅の広さが認められてきています。現実に一人暮らしでかかる費用と同程度のシェアハウスも多く、そこに集まる人もいます。交流しながら暮らす、価値そのものが見出され始めたのでは、という印象です。
現在は比較的若い世代がシェアハウスを利用していますが、社会の高齢化がさらに進めば、健常な高齢者がお互いに助けあいながら暮らすような場所としてのシェアハウスも必要になると考えています。シェアハウスの展示会を昨年、東京・OZONEで開いた際には「旦那が亡くなったら私ここに住むわ!」「私はこの部屋がいい!」などと盛り上がっていた中年女性グループの来場者もいたので、意外と抵抗がないかもしれません。いまでも介護の度合いで集団生活を送る施設はあるけれど、できることは自分で、少し助けが必要なことはお互いに協力し合って暮らせば、医療・福祉にかかる費用を抑えられる可能性もあります。長期的に見れば、社会的に必要な環境なのではないでしょうか。
「ブレーン」2011年11月号より