コミュニケーションが生まれる空間 Vol.19 渡邊 謙一郎氏

Creator File

  • センターラインアソシエイツ 松井るみ氏
  • トランジットジェネラルオフィス 岡田光氏
  • BOOK APART運営者 三田修平氏
  • 極地建築家 村上祐資氏
  • ツクルバ 中村真広氏/村上浩輝氏
  • 木村 英智氏
  • 豊嶋 秀樹氏
  • 木村 英智氏
  • SOLSO代表 齊藤 太一氏
  • 構造エンジニア 金田 充弘氏
  • スペースコンポーザー 谷川 じゅんじ氏
  • トラフ建築設計事務所
バックナンバー
  • 中目黒マドレーヌ店主 田中 真治氏
  • フラワーアーティスト CHAJIN氏
  • AuthaGraph代表 鳴川 肇氏
  • 昼寝城 店主 寒川 一氏
  • ランドスケーププロダクツ代表 中原 慎一郎氏
  • スタンダードトレード代表 渡邊 謙一郎氏
  • ブック・コーディネイター 内沼 晋太郎氏
  • 建築家 谷尻 誠氏
  • 茶人 木村 宗慎氏
  • 建築照明デザイナー 矢野 大輔氏
  • 音響演出家 高橋 琢哉氏
  • 一級建築士 中村 拓志氏
  • 建築家 加藤 匡毅氏
  • デザインチーム KEIKO+MANABU
  • 建築設計プロデューサー 小野 啓司氏
  • インテリア・エクステリアデザイナー 佐野 岳士氏
  • 建築家 木下 昌大氏
  • 建築家 猪熊 純氏
  • 大学教授 手塚 貴晴氏
  • 建築家 二俣 公一氏
  • 建築家 梅村 典孝氏
  • 建築家 長岡 勉氏
  • 建築家 平田 晃久氏
  • 建築家 迫 慶一郎氏
渡邊 謙一郎氏 渡邊 謙一郎氏

(わたなべ・けんいちろう)

standard trade.代表。1972年横浜生まれ。横浜の本社工場を起点に等々力の玉川ショップ、学芸大学の五本木ショップをでオリジナル家具を製作販売。デザインから販売・製作・配送をし、その後の修理、メンテナンス・買い取りまで自社で行う。オリジナル家具だけではなく、ビンテージオーディオや国宝級の木工家具作品の修覆、自由学園明日館、小泉八雲、林雅子の家具の修理・修覆・復元を手がけている。その高い技術とヒアリングから生まれる空間バランスが評価され、家具だけでなく、住宅やオフィスも手がける。

Presented by YKKap

家に詳しい その家の第三者として

 空間を考えるときは、まずぼんやりした全体像を思い描き、そこから一つひとつのピースを、お客さんと一緒に丁寧に確認していきます。キッチンの場所はどうしたいか、寝室と玄関は離れていたほうがいいか、そういった希望を、一つずつ引き出していくんです。そのときに、例えばキッチンは配管の近くに持ってきた方が、水勾配の都合から考えてもいいですよと、合理的な視点からも話をし、さらに希望を引き出していきます。でもそうして出そろったピースを組み合わせようとすると、うまく噛み合わない。必ず、全ての希望は実現しないという壁に突き当たります。

 それは僕にとっては最初からわかっていることなのですが、それでも最初からこうしましょうと僕が言うのではなく、丁寧に一つひとつ一緒に考えていきます。なぜかというと、多くの場合、お客さんはスタンダードトレードの渡邊謙一郎にお願いすれば、魔法のように、素敵な部屋が突然出来上がると思い込んでいるからなんです。でも実際はそんなことありません。一緒に考えるというコミュニケーションを通して、すべての希望が叶うわけじゃないと知る。その工程を経ずにいくと、住み方を想像しないまま話が進んでしまい、結局「渡邊謙一郎作品」を買うことになってしまうんです。それはちょっと高い買い物じゃないでしょうか(笑)。

 出来上がった当時はカッコよく思えた空間でも、長年住んでいくと実は住みづらかったりする。そう感じたときに、「渡邊謙一郎作品だから仕方がない」とは、僕だったら思えません。そうならないよう、自分の頭でも、どう住む家なのかを考えてもらう。

 そして最終的には、僕は家のことに詳しい、その家の第三者になりたいと思っています。家の住み方や使い方でわからないことがあったら聞いてくださいと、その家の暮らし方を一緒に考えた相談相手として、コミュニケーションをとり続けていきたいと思います。

住みやすい空間は 住み慣れた空間

 旅行へ行ったときに、「こんなところに住みたい」と思うことがありますが、冷静に考えるとそれは旅行だからいいのであって、住むとなるとまた別の問題です。家というのも同様だと思っていて、ぱっと見たときに驚くような空間というのは、危ういのではないかと感じます。

 家具というのは、ほとんどの製作工程が板材の加工だけで進んでいきます。それをコツコツと作り上げて、最後に組んだ時、はじめて立体物になるわけです。そのコツコツと正しいことを積み重ねるという習慣が、僕の物の考え方や、空間の作り方にも現れているのかもしれません。間違っていないことを地道に繰り返していけば、最後には必ず形になります。

 打ち合わせを何度も繰り返すのも同様です。ピースを一つひとつ精査していくことで、お客さんも家の使い方を理解していきます。例えばシンクの横に食器洗浄機があるのは、水をたらさないためですよとか、なぜそうあるべきで、なぜ使いやすいのかを、打ち合わせを通して知ってもらうわけです。すると住み始めたころには、ベテランのように、そこで暮らす準備が十分にできています。まだ住んでいなくとも、長く住んだように家のことを熟知している。住みやすい家というのは、その人がどれだけ家のことを理解しているかということがスタートです。住みやすいというのは、住み慣れたということでもあって、家の使い方が分かっていることが、住みやすさにつながるんです。

 正しいこと、妥当なことを積み重ねた空間は、驚くようなものではなく、極めてベーシックなものです。でも家という居住空間は、堅実で、謙虚であるべきであり、それが暮らしやすい空間だと僕は思います。

「ブレーン」2012年11月号より

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standard trade.玉川ショップ外観

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