(むらかみ・ゆうすけ)
宇宙や南極など極限環境下における建築や暮らし方を研究している。2008~10年には第50次日本南極地域観測隊に越冬隊員として参加。エベレスト・ベースキャンプや富士山測候所での長期生活や、JAXA筑波宇宙センターでの閉鎖隔離実験の被験者など、多くの極地環境で生活経験を重ねる。人間が生きることと建築の係わりをひも解く”Inter-Survival”をテーマにした活動は、ワークショップやインスタレーション、執筆活動など多岐に渡る。
月面や南極といった極地における建築をイメージしたとき、おそらく多くの人はものすごくハードで、どんな過酷な環境でも自分の周囲を覆い、守ってくれる空間を想像するのではないでしょうか。僕自身も、実際に極地に行く前はそんなイメージを持っていました。
学生時代、月に基地を建てるという夢を持ったとき、まずは自分自身そんな過酷な環境で生き、建築に生命を預け暮らす経験が必要だと考えました。きっと「極地にはあらゆる無駄がそぎ落とされた、原始的な暮らしがある」と想像していた。それで2009年から約1年間、第50次日本南極地域観測隊の越冬隊員の一員として、南極に赴き昭和基地で暮らし経験を積みました。
生きていくために必要なもの以外の無駄を、玉ねぎの皮をむくように1枚ずつ取り除いていく。そして最後に残る芯の部分に、たとえ東京でも南極でも、あるいは宇宙でさえも変わらない、暮らしの核のようなものが見つかるはずだと。そう思っていたのですが、実際に南極で暮らしてみると、そんなものはどこにもなかった。玉ねぎと同じで皮をむき続けていくと、そこには何も残らなかった。むしろ玉ねぎの一番外側の茶色い皮のように、もっとも表面的な部分にこそ、空間の本質というか、人間の生に対する「らしさ」や「執着」が現れると気づいたんです。
宇宙ステーションを例にとってみると、宇宙開発の先進国であるアメリカとロシアの基地空間は、まったく異なる見た目をしています。宇宙で最も恐ろしいのは火災なのですが、アメリカは火がまわりやすい素材をいっさい基地の内装に使用せず、火災の原因となるあらゆる問題を排除し、すべてに対策を準備しようという考え方なんです。
一方でロシアは、内装に木材を使用しています。というのも、彼らは自分たちの選んだ宇宙飛行士の能力に自信を持っているから、宇宙飛行士が持っている力を100%発揮させれば、ちょっとした火災や問題なら現場で解決できると考えている。宇宙で隔離される生活は、あらゆる要素が人間の精神を摩耗させる。万が一のときに力を出してもらうには、少しでもその摩耗を減らさなければならない。だから人が快適に暮らせることを優先させ、木材で内装をつくる方がいいと考えているのです。
内装は生き延びるためにはどうでもいいことのように思えますが、実はその一番表面に出る部分にこそ、その国のデザインの哲学や、空間に対する考え方が最も反映されているんです。
僕がいた昭和基地は、よく「ごちゃごちゃしている」「まとまりがない」と批判を受けます。それに対して、欧米諸国がつくる基地はとても洗練されている。なぜかというと、日本人と欧米人では生きていくうえでの未来に対するアプローチの仕方が違うからです。
極地建築において欧米の未来とは、言わば「計画された未来」です。事前のプランニング通りに基地の完成という「最終ゴール」を目指す。そして完成した時点で計画された未来は終わるので、あとはそれをどれだけ維持できるかという話です。つまりどれだけデザイン性がいいといっても、未来は基地が建設された瞬間に完結し、デザインはそこで止まってしまうんです。
一方日本人は1年1年「変化する未来」を積み重ねていく考え方を持っています。昭和基地には明確なゴールがなく、毎年「今年はこの使い勝手が悪かったから直そう」と、住み手が変わる度に計画を再構築し、手探りでの着実に未来に向かって進んで行くわけです。
そういった未来に対する根本的な考え方の違いが、極地では住まいの表層に滲み出している。宇宙の分野は常に計画も変化していくし、不確定なものがあまりにも多い。確実な未来がすぐ隣にあるわけではないので、そういう意味では日本的な積み重ねていく考え方こそ、宇宙の建築にはふさわしいのではないかと思います。長い人類の生活史において、僕らはまだまだ宇宙へ進出しはじめたばかりですから、デザインに明確なゴールなんてものはなく、月面基地も昭和基地のように、何世代かにわたり継承されていく中で本当に強固なものにしてく方が理に適っていると僕は思います。そのためには、基地という空間を通して、そこに住む人々が未来への想像力を共有し、受け継いでいけるようにしなければならない。基地は住まいであり、リレー競技のバトンや襷のような伝達手段でもある。同時代の人だけでなく、建築を通してこれから先、そこへ住む人たちともコミュニケーションを図っていける、そんな空間であるべきだと思います。
「ブレーン」2014年1月号より