(かなだ・みつひろ)
構造エンジニア。Arupシニア・アソシエイト/東京藝術大学准教授。カリフォルニア大学バークレー校で建築デザインと構造エンジニアリングの両方を学ぶ。大学院を卒業後、エンジニアリング・コンサルティング事務所Arupに所属し、ロンドンと東京で設計活動を開始。2007年より東京藝術大学美術学部建築科准教授。担当作品に「メゾンエルメス(レンゾ・ピアノ)」「台中オペラハウス(伊東豊雄)」など。異分野間のテクノロジー・トランスファーや日本発のデザイン・テクノロジーの可能性を常に模索している。
構造エンジニアとして、主に建築や彫刻の骨格デザインをしていますが、それらを構成する“素材”には、コミュニケーション力があると僕は思っています。最近着目している素材は「漆」なのですが、きっかけは東京で開催された興福寺展で阿修羅像を見たことです。阿修羅像というのは、木や粘土ではなく、漆と麻布によってつくられています。土台となる形をつくり、そこに麻布を巻いて漆を塗ると、漆には接着性があるので固まります。そこで中身の土台を取り出すと、非常に軽い阿修羅像が出来上がるんです。興福寺は東大寺と長いこと宗教戦争をしていましたから、お寺自体は何度も焼けています。それでも阿修羅像が残っているのは、何かあるたびに、お坊さんが阿修羅像を担いで逃げることができたからじゃないかと思います(笑)。
実はこの阿修羅像の構造は、樹脂を繊維で補強しているという成り立ちが、現代のF1の車のボディや飛行機の機体という最先端の物と同じなんです。飛行機などに使用されているのはカーボンファイバーという軽くて強度のある素材ですが、リサイクルできないことが問題になっています。そこで思いついたのが、漆による構造物の強度です。非常に軽く、リサイクルもでき、そこに強度があれば、新しい利用可能性があるのではと思い実験をしてみると、かなり強度があることがわかりました。麻布と漆だけで、人が座ることのできる椅子を作ることもできます。
つまり、素材の背景にあるストーリーを理解し、正しい知識をもった上でそこに現代の視点を与えると、価値が見えてくる。素材がどのようなコミュニケーション力を持っているかを理解すれば、より良く利用することができます。
椅子という“面”での強度がわかったので、次は丸い型に蛸糸を巻き、漆を塗った。すると繭のような、糸だけでつくられた構造物をつくることができました。これはそれ自体がプロダクトとして完成したものではありませんが、新しい可能性を示すことができたと思います。
2010年、瀬戸内海の豊島に建てた「島キッチン」は、柱が水道管でできています。というのも、鉄骨屋さんがいない島というのはたくさんありますが、水道屋さんのいない島というのはありません。だから建設も、修理も、何かあれば島の水道屋さんが行うことができる。これは、水道管という素材の成り立ちや仕組みを理解し、そこに島ならではの状況という新しい視点を加えることで、水道管がコミュニケーションし、柱として利用することができたわけです。素材としてのコミュニケーション力を生かして、「島キッチン」は作られた。それによって「島キッチン」という空間自体も、この島ならではの、島に深くコミットした存在になることができるんです。
素材自体が変わるのではなく、そこに新しい視点を付加することで、持っているポテンシャルが解き放たれたり、新しい可能性が生まれたりする。自分はその素材のコミュニケーションの触媒みたいになれたらいいなと思いますね。
「ブレーン」2013年7月号より