(さんがわ・はじめ)
1963年香川県生まれ。
焚火カフェ、満月山歩など、『サボリ』をテーマにした外遊びの世界へ誘うサボリガイド。2012年神奈川県三崎に『ミサキシエスタサヴォリクラブ』という会員制の昼寝施設を開業。現在三崎を拠点に幅広く活躍中。
今年3月から、ここ神奈川県・三崎で、ハンモックで昼寝できる会員制施設「ミサキ シエスタ サヴォリ クラブ」を始めたのですが、きっかけは2年ほど前に自転車で三崎を訪れたことです。僕は作為のある町というのがあまり好きじゃないんですが、ここ三崎は朽ちるものは朽ち、老いるものは老いている。昔は日本有数の港町のひとつだったので、人の行き来が多く、旅立つ人と降り立つ人が交差する町、つまり去っていく哀しさと、またやってくるという希望が漂う街だったんです。マグロ漁船が寄港していたので経済的にも景気がよく、とても活気のある町だったのですが、いまは寂れて、町には哀愁が感じられます。そんな独特の雰囲気の町でハンモックに揺られるのは、すごくいいなと思ったんです。
この建物自体は築90年ほどの元船具屋です。10年間ほど手つかずの状態だったのを、自分たちの手でリフォームしました。ハンモックの起源は南米なので、最初は洋式の空間を考えていたのですが、実際にハンモックを吊るしてみると非常に日本家屋との相性が良く、可能な限り元の状態を生かそうと考えたんです。例えば、天井は杉板でできています。おそらく多くの人が子どもの頃、風邪をひいて一日中家で寝ながら、ボーっと天井を眺めていた記憶があるのではないでしょうか。ずっと見つめていると、木目が人の顔みたいに見えたりもして(笑)。ハンモックで寝ながら杉板を見ていると、そんな記憶を思い出して、安心感や懐かしさを覚える。そのリラックス感は、ハンモックにとって大切な要素です。
いま、施設の会員は100人以上いますが、みんな滅多に来ることができないんですね。でも、この忙しい現代において、こういう空間があるという事実や、「自分はいつでもあそこにサボりに行ける」と思えることが重要なんじゃないかなと。昼寝すること、サボることを許す装置として、社会の中にこういう空間があることが、多くの人の支えになればいいなと思っています。
サヴォリ クラブにはWebサイトがまだなくて、作らなければとはずっと思っているのですが、なかなかその気になれない。会員のほとんどは人づてや、雑誌、Webの紹介記事でこの場所の存在を知った人たちです。今はレストランへ行くのにもインターネットで評判を調べていく人が多いと思いますが、そういうやり方はこの場所にふさわしくないのなと思っていて。ちょっと通りすがったとか、ちょっとネットで見たというのではなく、人づてに伝わったり、わざわざ見つけて来てくれるのが理想的なんです。
僕は三崎に近い海岸で「焚火カフェ」というのもやっていて、そこはWebサイトがあるのですが、非常に見づらいサイトなんです(笑)。しかもWebから予約ができるわけじゃなくて、最終的には電話をかけないといけない。そうすると、多くの人は途中であきらめてしまうわけです。そんな中でも来てくれる人がいるのですが、そういう人とはすごく波長が合って、お互いに心地いいんですね。
交通の便についても同様で、ここへ来るには京急三崎口から、最後はバスに乗ってこないといけない。Webサイトがないことも、電車が近くを通っていないことも、商売的な視点から見ると、致命的なことです。でももし電車が近くを通っていたら、ここは今のような雰囲気の町ではありえなかったし、バスに乗ることで「遠くへ来た」という感じが出るのもいいなと。そうやって、なんとか見つけ出して、バスに乗ってわざわざ来てくれること、それがこのサボりの空間には合っているかなと感じるんです。
こういうやり方で動くのはそんなに多くの人ではない。でも僕らが目指しているのは、三崎へ観光客を増やすことではなく、三崎のファンを増やすこと。11月3、4日には「ミサキファンフェスティバル」という、三崎が好きな人たちによる、この町の文化祭のようなイベントを行いました。東京からもたくさんの人がやってきて、とても盛り上がった。それから現在は僕個人のサービスとして行っている焚火カフェを、県や市と一緒に、もっと多くの人を受け入れることのできる場、公に焚火ができる場所にしようと、話を進めています。そうやって“ミサキファン”を増やしつつ、三崎の人たちが、サヴォリ クラブや焚火カフェのような、三崎だからこそ存在できるサボりの空間を持っていることを、誇りのように感じてくれたらうれしいです。
「ブレーン」2013年1月号より