(ふたつまた・こういち)
1975年鹿児島県生まれ。
空間・プロダクトデザイナー。デザインスタジオ/ケース・リアル代表。福岡と東京を拠点に空間、建築、家具、プロダクトと国内外で多様なデザイン・設計活動を行う。受賞にD&AD賞 Nominations(ロンドン)、アジアデザイン賞 Bronze(香港)、ARアワード 特別賞2作品(ロンドン)など。
建築や空間設計を手がける際、常に意識するのは、その空間の周囲の環境や状況を理解することです。理屈だけでなく、感覚的にも場の空気を汲み取るようにしています。空間の内部と外の環境とを上手くつなげて、自然な雰囲気をつくりたいんです。
住宅街にあった工場の跡地を生かしたブティック「マイノリティレッヴ・ヒラオ」(福岡市中央区)はそうした例のひとつです。繁華街から2駅ほど離れたその住宅街には、約30年前からファスナー工場がありました。とはいえ、ここしばらくは稼働もせず、廃墟のようになっていました。
それでも、周辺に暮らす人々にとっては見慣れた街の一部です。大きく風景を変えて、工場があったことを否定してしまうのは望ましくないと思いました。そこで、外壁の多くをツル性の植物で覆い緑化しようと考えたんです。工場の形をそのままにすることで住宅街に溶けこんだ上、周辺に緑が少なかったこともあって、公園のような印象にもなりました。その空間と周辺と上手く関係させてコミュニケーションしていくかを考えられたいい機会でしたね。
「BAR DREIECK PARK」(福岡市中央区)というバーでは、周囲の環境を生かしつつ、さらに内装にもそれを生かすことができました。最上階にそのバーがあるオフィスビルのすぐ目の前には、今泉公園という三角の形をした公園があるんです。公園を眺めながらお酒が楽しめるバーを、という案件でしたので、公園側に大きく窓を開いています。そこから外を眺められるように設置したカウンターは三角形状にデザインしていて、大きなふくらみを持たせています。これは公園の形を模しただけではなく、バーテンダーと来店者との距離をあえて近づけたり離したりするためです。
1人で店を訪れたときには、バーテンダーと話しやすい細いほうのカウンターに、仲間との場合はむしろ、来店者同士の話が弾むよう、太いほうのカウンターにかけてもらえたら、という意図です。カウンターひとつで、いろいろなコミュニケーションが生まれることを目指しました。
空間自体が主張してしまうと、違和感を覚えさせるし、人が集まりづらい。もちろん僕も、自分にしかできない設計をしたいという気持ちはありますが、「デザインがすごい」と言われるより「気持ちのいい場所ですね」と言ってもらえるほうがうれしい。デザインしているのに、していない、そういう境地に達したいですね。
集う人が、気持よくコミュニケーションを取れるようにするには、自然で落ち着いた雰囲気が必要だと思います。そのために、空間を構成する仕事をする側としては、かなり細かく配慮をして、気を使っていかないといけません。
和菓子屋の鈴懸本店(福岡市博多区)の店舗づくりでは、いかにリラックスして和菓子を楽しめるようにするかがテーマでした。そのため、この店舗では菓舗(かほ)と呼ばれるお菓子売り場と、茶舗(さほ)と呼ばれる喫茶スペースを明確に分けいます。
一般的にはお菓子売り場と飲食スペースは分けないことが多いものです。分離させるとそれだけ動線が増えますし、面積のロスが大きくなって、座席数も減りますから。しかし、「いかに来店者がリラックスして、和菓子を楽しめるようにするか」をテーマとした場合、それぞれが離れていたほうが、和菓子を選ぶのも、食べて楽しむのも落ち着いてできるはずです。
鈴懸本店が居を構えるのは、九州で最も大きい演劇場「博多座」のはす向かい、福岡銀行ビルの1階という場所です。そこに本店を設け、さらに喫茶スペースも併設するというのは、にぎやかで人通りの多いところに、落ち着いて、ゆっくりできる場所を確保する意義があります。そこで、和菓子を選ぶ菓舗は、あえて表通りから離して、雑踏が聞こえないようにお店の奥に配置しました。内壁はすべて黒しっくい磨きにして真っ黒に、そこを横切るように長さ9メートルのディスプレイケースを配置して、商品が浮き上がるようにしています。
一方、茶舗は通りから中が見えるように設計し、さらにファサードは5色ののれんと、本朱のうるし看板で風合いのある鮮やかな印象になるようにしました。
空間づくりには、人と人のコミュニケーションを支えるというコトだけでなく、どのようにその空間の居場所をつくっていくかを考える面もあります。空間と社会や環境との間に発生する関係を調整すること、それもコミュニケーションのひとつなのではないかと思います。
「ブレーン」2011年9月号より